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(3)「可能性をつなぎたい」

困窮家庭の高校受験 学生が週に一度の学習会
答えではなく解き方を教える大学生。受験を控え、生徒は遠慮なく質問をぶつけた(昨年12月8日、大津市神領・瀬田南公民館)

 将棋盤に駒を並べ、中学3年の男子生徒が対局を始めた。そばでは別の生徒が無言で英語の長文を読み込む。女子生徒が「腕相撲しよう」と周りの生徒に呼び掛けると、大学生は「もう10分だけ、やろう」と解きかけの方程式が載った問題集を指さした。

 日が暮れて静まりかえった大津市神領の瀬田南公民館。24畳の和室に生活保護受給世帯やひとり親世帯の中3が制服や私服姿で集まる。週に一度の学習会。市内の6校に通う15人が登録する。滋賀医科大と龍谷大瀬田キャンパスに通う学生が1時間半、無料で勉強を教えている。

 滋賀医科大4年犬飼公一さん(24)は4年前、生活保護受給世帯の高校進学率が低いことをニュースで知った。「勉強できる環境が整えば高校に行けるはず」。福祉事務所を訪れ、ボランティアの学習支援を持ち掛けた。「自分たちが子どもの可能性をつなぐしかない」と仲間を集めた。

 高校時代を思い出す。家計にゆとりがないことは知っていた。塾には行かずひとり、図書館で参考書を開いた。「家が経済的に苦しいと子どもは親に遠慮してしまう」

 学習会の目標は高校合格。できるだけ学生が1対1で生徒に寄り添う。勉強だけの場にはしたくない。少しぐらい将棋を指してもいい。分数がわからなければ割り算から教える。「常に見守ってくれる人がいる。そう感じてもらえる居場所になればいい」。無言でうつむき、隠れるように公民館に入っていた生徒が、出入り口で見守る民生児童委員にあいさつするようになった。

 学校の授業には出ないが、学習会には参加する生徒がいる。一度も顔を出さない生徒もいる。これまで、腕に自傷行為の痕が残る生徒や勉強会が終わって夜の町に消える生徒など、SOSが見え隠れする子どもは少なくなかった。

 犬飼さんはそばにいて、生徒の心の悲鳴が聞こえそうな時がある。でも、自分たちはカウンセラーではない。高校に行く手伝いをするだけ。強制でもないのに毎週、学習会に来てくれる。それが、生徒の答えだと信じている。

 昨春、学習会に通っていた大津市の女子生徒(16)が志望の公立高に合格した。

 みんなのように塾に通えない。自宅に自分の部屋はない。年の近い弟が見るテレビの音が勉強を妨げた。進学か働くか。不安なまま学習会に飛び込んだ。「塾に行ってる」。友達にはそう告げた。雨の日もかっぱを着て、自転車で約20分かけて通った。「勉強できる唯一の場所。うれしかった」と振り返る。

 高校の入学式を控えた昨年3月。犬飼さんたちから寄せ書きをもらった。メッセージであふれる色紙は自宅の机の上に飾った。「しんどい時に見てる。あのときがんばったって思えるから」

断ち切れ貧困の連鎖 街頭募金で塾クーポン

「生活保護受給世帯の子どもたちに学校外で学ぶ機会を」。学生は人波にかき消されないよう声を振り絞った(昨年12月29日、神戸市中央区)

 〈修学旅行に行けない子がいる〉〈あの子、先生から文房具を借りてる。先生が周りにわからないようにしてあげればいいのに〉−。小、中学生と高校生に貧困観をたずねた返答の一部だ。

 「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」(本部・東京都)と立命館大(京都市北区)の学生らが昨年7月から京都と大阪、兵庫の子ども計100人の聞き取り調査を続けている。子どもの社会参加を進め、見えにくい日本の「子どもの貧困」の実態を社会に届ける試みで、集めた声は今春に公表する。調査に参加した立命館大大学院の真屋友希さん(24)=西宮市=は「子どもの意見を聞くと大人の価値観も変わる。子どもが発言できる場が必要」と訴える。

 国は2009年、子どもの貧困率(07年)について7人に1人が貧困状態にあると発表した。

 家庭の経済的問題が子どもの低学力、低学歴を招き、将来の所得や就労状況にマイナスの影響を与える「貧困の連鎖」に危機感が高まる。子どもの努力だけでは貧困から抜け出せない問題をはらんでいるからだ。

 厚生労働省によると、昨春に卒業した中学生の高校などへの進学率は全体で98%だが、生活保護受給世帯は87・4%にとどまる。就職率は高卒が97・2%に対し、中卒は69・9%にまで下がる。

 国は教育面から「貧困の再生産」を断ち切ろうと09年、学習支援費を生活保護制度に新設した。学習会など教育支援に取り組む自治体には補助金も出している。09年度に9件だった申請数は10年度には30件を超えた。

 学生ら市民が取り組んできた学習会をきっかけに、所得や教育環境に問題を抱える中学3年への進学支援に乗り出す自治体が増えている。

 埼玉県は昨年、都道府県で初めて生活保護受給世帯の生徒を対象に学習会を事業化した。大津市は09年に学習会の会場を1カ所増やした。京都市は本年度から学習会を事業化し、学生が開いていた北区に加え、昨年11月から伏見区で新たに始めた。支援の拡大に伴い、ボランティアの確保が重要になっている。

 大学生らで運営するNPO法人「ブレーンヒューマニティー」(兵庫県西宮市)は昨春、生活保護受給世帯の小、中学生や高校生に提携先の塾などで使えるクーポンの提供を始めた。資金は街頭募金やインターネットで集め、初年度は高校生2人が各50万円分を利用している。神戸親和女子大3年安積麻衣子さん(21)=姫路市=は「行政がやらない支援を続けることが重要」と話す。

 年の瀬。学生たちは神戸市中央区のJR三ノ宮駅近くに集まった。「子どもの貧困は海外だけの問題ではない」。寒風の中、人波に募金を呼び掛ける声は夜まで響いた。

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【2011年1月4日掲載】