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(6)働き始め 自分見つけた

冷め切って入った定時制 「ガム友や」に心開いた
「先生、おつかれー」。授業が終わった夜の学びやに定時制生徒の声が響く。友との別れを惜しむかのように校門前で世間話に花が咲く(昨年12月14日、京都市中京区)

 「今しゃべってる中で僕が一番若い。ヤングですよ」。定時制高校2年よしひろ君(17)=京都市右京区=の話術に中学生がどっと沸いた。定時制の教職員や保護者でつくる「京都の定時制・通信制教育を考えるみんなの会」が昨年11月に左京区で開いた進路相談会。生徒による体験報告で、在日コリアン2世や全日制を中退した19歳に交じり、マイクを握っていた。

 昔は人前で話すなんて夢にも思わなかった。小学1年で両親が離婚。中学では「太っている」と同級生になじられた。学校に行かなくなると不登校を理由にいじめられる。入院した祖母の看病にも追われ、たまに学校に行ってもずっと机に顔を伏せていた。

 「高校は出なあかん」。でも、出席日数が少なくて内申書の評定が低い。全日制をあきらめた。貧しくて私立にも行けない。定時制に受かったが「友だちもできんまま卒業やろ」と冷め切っていた。

 入学式の日、初めて夜の教室に入ると、22歳の同級生がガムをくれた。口に入れると、「ガム友や」と人なつっこく白い歯をのぞかせる。

 1学期が始まると、授業中も携帯電話に夢中な生徒がいた。不良っぽい子はむかついたらむかつくと言ってくる。「すっきりした関係がある。みんな何かを背負ってここに来る。心の痛みに触れるようなことはしない」。登校を続けた。アルファベットが全部書けなかったのに、今は通知表に5が並ぶ。

 1年の夏に仕事を探した。20社に落ちた。遊ぶ金が欲しいし、家計は苦しい。身を削って働く母を見ると、あきらめるわけにいかない。21社目の牛丼店に何とかアルバイトで滑り込んだ。週4、5回、昼に4時間働いた後に夜の高校に通う。月給は5万円。3万円は母に渡す。「ほんまに続くんかいな」。通帳を渡した日、うれしさに不安が交じった母が顔をくしゃくしゃにした。

 中学のころは「学校に行かない子に育てた覚えはない」と怒る母ととっくみあった。家にばかりいたので力が弱く、いつも組み伏せられた。

 祖母が死んだ中3の夏、一緒に遺品を整理していた母が「学校に行かんでええよ」とつぶやいた。家族のことをゆっくり考えられる今なら分かる。母は無理に強さを装って父を演じていた。祖母を失い心が細くなって、ふと母の顔を見せてくれたんだ。「どんな生き方をしてもあんたが私の誇りや、と言ってくれた。今は僕が、あなたのことを誇りだと思っています」

 学生でごった返す師走の牛丼店に丼片手に走り回るよしひろ君がいた。「定時制に行かんかったら、今ごろ僕はひきこもりやった」。人と話すのが怖かったのに、働きながら学び、少しずつ自分を出せるようになった。まだ将来は見えないけど、心を許せる友と先生に会えた。だから前を向ける。

〈さまざまな 思いを抱き 来た夜学〉 再挑戦の場 高まる需要

定時制高校への進学を考える中学生と親が参加した進路相談会。定時制の生徒や教員が不登校や高校中退の悩みに寄り添っていた(昨年11月28日、京都市左京区)

 長く勤労青年が学ぶ学校とされてきた定時制高校は近年、厳しい経済事情を抱えた生徒のほか、不登校、中退、低学力、発達障害、自傷行為など、さまざまな課題がある子どもが再挑戦する学びやとしても独自の役割を果たす。

 短い授業時間や習熟度に応じて基礎から学ぶ学習、管理や競争の少なさといった、全日制に比べて緩やかな学びは、不登校や学業のつまずきを経験した子が受け入れやすいとされる。

 「京都の定時制・通信制教育を考えるみんなの会」は進路相談会を毎年開き、定時制の進学を考える中学生や親が抱く疑問に答えてきた。会長の林五月さん(55)=京都市右京区=も不登校だった長女(22)が相談会を機に定時制に入った。

 長女は冷えた心を徐々に癒やし、今はアニメーターになる夢を追う。林さんは「競争が過熱し、振り落とされる子が増える中、点数や人との比較ではなくありのままの子どもを受け入れようとする姿が定時制にはあった」と話す。

 市内のある定時制高校の1学年では、母子・父子家庭の割合が半数、生活保護受給世帯は4分の1に上る。昨春から公立高校の授業料が無償になったが、授業料がもともと安い定時制に恩恵は少ない。修学旅行に行けない子、大学進学が決まったのに学費が用意できず辞退する生徒もいる。

 定時制高校2年のかほりさん(18)=中京区=は、次々と付き合う女性が変わる父とそりが合わずに1人で暮らす。健康保険証を父に持ち出され、後日、役所で確認すると保険資格を失っていた。ほぼ休みなくアルバイトに入り、生活費を稼ぐ毎日。先生に生活の悩みも聞いてもらう。家庭が家庭として機能していない子には、高校は一緒に考えてくれる大人がいる貴重な場でもある。

 市内では勤労青年の減少を理由に、2000年度に1千人だった夜間定時制の募集定員が10年度は440人に減った。不況で私立に入れない子が増えた影響が加わり、過去4年で約200人の不合格者が出た。京都府教育委員会などは39年ぶりに11年度入試の募集定員増を決めた。生活困窮層が広がり、子どもの課題が複雑化した時代だからこそ「学びの安全網」の存在意義は高まる。

 定時制で家庭科教員だった藤本恵美子さん(63)=右京区=は退職まで、テストの答案用紙に俳句を書かせてきた。生徒は哀歓あふれる17音をつむぐ。藤本さんを見るたび悪態をついた女子が1句を詠んだ日を思い出す。「あんたも悩んでたんやなあ」「当たり前やんか」。初めて弱さを見せた彼女と言葉を交わすうちに心が通い、教育の力をあらためて感じた。

 〈さまざまな 思いを抱き 来た夜学〉

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【2011年1月7日掲載】