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(7・完)迷いと成長の証 胸に刻み

親と離れ過ごした施設 今、終電まで悩みを聞く
「よくできたね」。施設の子どもが静かに学ぶ夜の学習室。京都大和の家で藤井さんが子どもたちに向けるまなざしはいつも優しい(昨年12月10日、京都府精華町)

 児童養護施設「京都大和の家」(京都府精華町)の学習室に夜の帳(とばり)が下りた。因数分解を解いていた女の子が「難しい。もう泣きそう」と言って顔を伏せた。佛教大3年藤井美沙子さん(21)が解き方を教え、顔を近づける。「さあ、もうちょっとがんばろ」

 藤井さんは大和の家で4年半を過ごした。生まれる前に両親が離婚。母には4人の子がいて、藤井さんは1歳で神戸市の乳児院に入る。小学2年の時、母から「姉のいる児童養護施設に移るように」と連絡があり、母やきょうだいがいると初めて知った。11歳の春、再婚していた母に呼び戻された。次第に義父との折り合いが悪くなり、中学3年で大和の家に入った。

 若い職員に注意されると「なんでそんなこと言われなきゃいけないの」と反発した。職員が変われば「人間関係を築いてたのに」と不信が募る。心を許せる先輩以外、常に壁をつくっていた。

 佛教大に入学し、2年前に施設を出た。京都市のマンションに一人で住む。「勉強を見てくれない?」。大和の家の職員に頼まれ、昨年4月から週2日、夕方に施設に行って子どもに勉強を教え、中学生や高校生から悩みを聞く。

 「職員とけんかしてる。うちも悪かったけど言いたいことがある」と口をとがらせる女の子に「職員も人間なんやで」と諭し、後で職員に彼女の気持ちを代弁する。「今日はみさちゃんにいっぱい話をしたい」。そう言われた夜は最終電車でマンションに戻る。「いつも、分かる、分かるよってみんなの話にうなずいてる。他の人にできない、私にしかできないことだから」

 親に頼れない子は退所後に支えを失う。藤井さんは「早く大人になるように」と言われて思春期を送った。今は学費と生活費を奨学金とアルバイトで賄う。「後ろ盾なしに生きるってどんなこと?」。道しるべを探し、施設出身者の体験記を読んだこともあった。大学に進む高校生に親の援助を受けた方がいいかを尋ねられると、「家族のことは私には分からないし」と答えてしまう。もう6年、母と連絡を取っていない。施設に入れられた葛藤が今も残る。

 「みさちゃん、優しくなったね」。最近、大和の家で声を掛けられる。同じ境遇にある仲間が悲喜を分かち合える相手だと感じた。一人で暮らして野菜の保存法が分からなかった時、嫌な顔を向けても懸命に炊事を教えようとしてくれた職員の心に気付いた。

 「意思疎通が難しい人の声を伝えたい」。社会福祉士の勉強を始める。見つかった夢、障害者福祉の道に歩み出す。人生の大半を施設で過ごし、家族の問題を脇に置くことで前に進んできた。今、施設に再び足を運ぶ中で人の絆を見つめ直している。拭えない迷い、成長の証を、ともに心に刻みながら。

施設出身者、グループ結成 「子どもの声」 僕らが発信

クリスマスの絵が夜の施設に浮かび上がる。家族と離れて暮らす子どもの声は社会に届いているのだろうか(昨年12月10日、京都府精華町・京都大和の家)

 虐待などの理由で親と暮らせない子どもが育つ児童養護施設。本人に何の責任もない事情で施設に入ったのに、忙しく働く職員を見て、思いを押し殺す子どもがいる。退所後は親の支えなしに社会に飛び込み、寂しさと貧しさ、社会の偏見にあえぐ若者がいる。半面、子ども自身の声を施設の運営に反映させたり、施設を巣立った若者を援助する社会資源は乏しい。

 「リンスの補充がなかった」といった施設生活の愚痴から、退所後の進路、苦しかった幼少時の体験など藤井美沙子さん(21)が京都大和の家の子どもから相談に乗る話題は幅広い。大和の家は年代別に10人前後に分かれて生活する。家庭環境に近づけて子どもの声を聞く体制を目指すが、西川満施設長(65)は「職員では難しい、藤井さんだから聞ける本音があって心の隙間を埋めてくれる。彼女が前を向いて生きる姿を見せることで社会に出る子どもに希望を与えている」と話す。

 児童養護施設出身の若者が施設の子どもから話を聞いたり、退所者同士で支え合う取り組みが広がりつつある。日向(ひなた)ぼっこ(東京都)、なごやかサポートみらい(名古屋市)など、施設出身者や里親で育った人による当事者グループが少しずつ産声を上げ始めた。

 大阪府の施設出身者らが立ち上げた「CVV」(事務局・大阪市)。会の名前は「施設にいる子どもたち(Children’s)の視点(Views)からものを見て発言(Voices)していく」に由来する。CVVは、大阪市内で退所した若者や施設にいる中学生、高校生が集まって、料理を作って食卓を囲んだり、一緒に宿泊する会を定期的に開き、当事者が気軽に集える居場所を目指している。

 日々の何げない出来事から、「恋人に施設にいると打ち明けた方がいいのか」といった悩み、将来の夢を語り合い、支援者の弁護士や大学講師も加わって生の声に耳を傾け合う。深刻な話題が出ても「俺はこうやったんやで」と周りが自然体で受け止められる。複雑な家庭を抱え、望まない集団生活を送った者同士だから、閉ざしてきた心の奥底を引き出せる。

 大阪府の施設で小学校から高校までの4年半を過ごした代表の徳廣潤一さん(23)=八尾市=は「今の社会は、養護施設は非行少年が入ると勘違いしている人さえいる。ここに集まった声を多くの人に届け、実際の施設運営にどう生かしていくかが問われているんです」と力を込める。

 全国の児童養護施設で暮らす子どもは約3万人。藤井さんやCVVの活動は「ありのままのあなたを受け入れる。あなたの考えや迷いが分かる人がここにいる」というメッセージを送り続ける。=第2部おわり

 シリーズ「ひとりじゃないよ」へのご意見、ご感想をお寄せください。電子メールはminna@mb.kyoto−np.co.jp ファクスは075(252)5454です。第3部は母親らの孤立と支援をテーマに2月に掲載します。

【2011年1月8日掲載】