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(1)しんどい思い聞きたい

夫派遣切り 子に当たる妻 住民通告、相談員が来た
「困った時に助けてくれる人がいるのは励みになる」。女性(左)は、大津市子ども家庭相談室の職員とつながり、心に余裕ができた(9日、大津市)

 一家の夕食は、白ご飯にふりかけだけだった。給料日前。米さえ足りず、大津市の女性(27)は、自分と夫(28)、義父の分を減らし、2歳の息子と1歳の娘に食べさせた。派遣社員だった夫が不景気で解雇され、こんな生活が続いた。

 連日、スーパーのレジ打ちのパートに出た。月収は10万円ほど。職場に無理を言い、数日ごとの分割で受け取った。それでも、夫の失職で社員寮から移った新居の家賃3万円は支払いが滞った。

 仕事を終えて疲れて帰宅する。子どもは甘えるように離れない。ご飯を作ろうにも身動きが取れない。「向こうに行ってて」。イライラして怒鳴ると、泣きだした。わが子に寂しい思いをさせていると、自分にも腹が立った。息子が娘をたたけば「自分もやられたら痛いやろ」と手をつねった。つらい時期は、しつけだけではなく、ストレスの矛先が子どもに向いた。

 「なんで私ばかりがしんどい思いをしないといけないの」。食事の時、子どもがテレビを見に席を立ってじっとしない。「座りなさい!」。すぐに繰り返す。1回怒鳴ると、後は勝手に口が動いた。

 夫の仕事は見つからなかった。「なんであなたが家にいるのよ」。意欲だけで何とかなる世の中ではないと思っても、当たってしまった。

 久しぶりの休みの昼。子どもと遊んでいると、家のチャイムが鳴った。2009年夏。大津市子ども家庭相談室の職員だった。

 「近所から通告がありました。大きな声がした、と」

 「虐待を疑うなら、部屋に上がって子どもを見たらいいやんか!」。むかっとして放った言葉に、柔らかな口調で返ってきた。「いや、しんどい思いがあるなら聞きたいと思ってきたんです」

 愚痴を言う場所はなかった。大阪出身。親との縁は切れていた。子育てを終えた年代の職場の同僚に状況を打ち明けても、「怒鳴るからだめなの」「子どもは泣いてなんぼ」。答えを聞いても、心は晴れなかった。

 市職員は、10日に1回のペースで訪ねてきた。「お母さんの言うことも分かります」と話を第一に聞いてくれた。「信用していいのかな」。1カ月後。「怒鳴っている自分が嫌」と打ち明けた。

 「伸び伸び育っているやん」。子どもをほめられると自分までうれしくなった。相談相手ができ、気持ちに余裕ができた。夫に職が見つかると、さらに楽になった。

 わが子は優しく育った。自分を愛してくれていると感じ、自分も自然と愛せる。「みんなを置いて逃げれば楽になると思っていたけど、この子たち、家族だから頑張れる」。今度は自分が、しんどいママたちの話を聞いてあげられたらいいなとの思いがわいた。「子育てって1人ではできないと分かったから」

 母親たちが重荷を背負っています。経済的な困窮や夫の暴力、望まない妊娠…。複雑化する現代社会のきしみは時に、彼女たちに及び、いらだちは子どもたちに向かいます。第3部は、母親の孤立と支援の動きをつづります。

「近所のおばちゃん」的に 養育訪問でニーズ読み取る

市民から子どもに関するさまざまな情報が入る「滋賀県中央子ども家庭相談センター」。職員が内容を判断して市町に連絡し、支援が始まることもある(10日、草津市)

 大津市は2009年夏、住民の通告が滋賀県の児童相談所にあったのを機に、自宅を訪ねた女性(27)への支援が必要と判断した。子ども家庭相談室を窓口に、関係部署が連携をとった。

 夫(28)と義父の就職が決まり、子どもを見る家族がいなくなった時、相談室職員は、女性から電話を受けた。本人の了解を得た上で保育課と話し合った。保育所は満員だったため、認可外保育所の一時保育を勧めた。定期的に訪れ、子どもの発育に悩んでいると聞くと保健師が顔を出した。

 「女性は何とかしたい思いはあったが、経済面など厳しい条件が重なり、力を発揮できていなかった」と相談室の西健次主査(41)は振り返る。

 子育て不安や孤立を抱える家庭に、行政がアプローチして支援する動きが出ている。養育支援訪問は、京都府内の26市町村のうち19市町村、滋賀県内の19市町のうち14市町で実施している。

 近江八幡市は06年からNPO法人「子どもの虐待防止ネットワーク・しが」(草津市)に派遣を委託している。スタッフ3人で5〜6世帯を受け持ち、2週間に1回訪問する。

 子育てや周囲との人間関係の悩み、夕飯のおかずを何にするか、夫の小遣いの額…。「近所のおばちゃん目線」で、スタッフが世間話を含めて耳を傾け、否定しないよう心がける。支援を受ける母親は孤立しがちで、コミュニケーションが苦手。事務局次長の松村睦子さん(58)は「最初は訪問をうっとうしがることも多い。でも、本当は人を求めている」と語る。

 アプローチ型の支援では、母親のニーズをどう読み取り、対応するか、繊細な判断が欠かせない。大津市には、苦い経験がある。

 07年10月、大津市で育休中の母親=当時(32)=が生後10カ月の長男をマンション6階から投げ落とし、長男は死亡した。検証報告書によると、母親は2カ月前から市に来訪や電話で、長男の体調や授乳の不安を訴えていた。保健師が訪問の約束を取ろうとしたが、母親が電話を切りたがっているように感じ、後でかけ直すと留守電になったことが2回あった。

 市への取材では、体の疲れや実家に頼りにくいなど、母親から市へのSOSと取れる情報はあった。だが市は「家族がいて実家の支援もあり、自分から連絡してきていた。積極的にアプローチして、逆に心を閉ざされる懸念があった」という。

 市は事件後、家庭相談員を倍増した。「相手の気持ちに寄り添うのも100ケースあれば100通り」と市子ども家庭課の山口剛課長(59)は話す。母親と信頼関係を築きながら、どう手を差し伸べるか。苦悩が続く。=8回掲載の予定です

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【2011年2月15日掲載】