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(4)芽生えた自覚 時に迷いも

予期せぬ妊娠 10代で出産 夫協力なく実家に戻った
帰宅し、仕事の制服姿で家事をする彩代さん(左)。同世代をうらやむこともあるが「この子と会うために生まれてきた」と思う長女がそばにいる。妹も見守る(1日、守山市)

 16歳の秋、妊娠検査薬にラインが浮かんだ

 「妊娠してる」。以前は軽い調子で言っていた言葉が現実になった。「付き合い初めってラブラブ。彼氏も私も軽い気持ちだった」。こんなことになるなんて。部屋にこもって、夜通し泣いた。

 守山市の彩代(さよ)さん(19)は高校を中退し、美容師を目指そうとしていた。迷惑ばかりかけていた父に頑張る姿を見せようと思った直後だった。

 相手は20代前半のアルバイト先の同僚。妊娠が分かった時は別れていた。電話をかけると、「堕(お)ろすんやろ」と当然のように言われた。産みたい。父を交えて話すと、彼氏は「彩代がそう思うんだったら、それでいい」と答えた。

 翌春、大津市内のアパートで新婚生活が始まった。ご飯を用意しても待ちぼうけ。3日間帰ってこず、理由を聞くと「仕事や」。実際は友達と遊んでいたこともあった。怒っても、面倒くさそうに「ごめん」と言うだけだった。

 つわりがきて、おなかが大きくなってきた。1人で買い物し、重い袋を手に歩いて帰った。夜、部屋にいると寂しかった。早く子どもが生まれてほしかった。

 夏に出産した。夫が娘のおむつを換えたのはわずか。夫の実家に転居したが、夫は部屋にこもり、食事も別々だった。耐えきれず、自分の実家に戻り、別居が始まった。

 長女が1歳になった昨年8月、飲料配達の仕事を始めた。配達センターに託児所があるのが決め手だった。朝に預け、午後2時半まで働く。「冬はつらい」。購入客が減り、夏は8万円はある手取りが、7万円台に落ち込む。

 「何もせずに実家にいては」と、給料で家族全員の食費をまかなう。「おむつとか消耗品も痛い」。娘のお風呂は父が入れてくれる。資金的にも実家を出られない。

 寝顔をのぞき込む。「明日も頑張ろう」と思う。でも、ふと考える。「同世代は遊んでていいな」。あのまま高校にいたら。美容師をしていたら。二つの思いが交錯する。

 大津市のさやかさん(16)は昨年10月、高校1年を休学し、長男を出産した。今年4月に復学する。アルバイトでミルク代などを稼ぎつつ、勉強との両立を目指す。

 中学3年の時、友人の紹介で男性(20)と3カ月、付き合った。「頼りがいがなく、考えていたような人ではなかった」。受験を控えた時期で母も反対し、別れた。高校入学後に妊娠が分かった。中絶できない時期に達していた。

 子育ては母に助けられている。高校生の友達とは時間も話題も合わず、中学の同級生らの10代マザーと集まる。

 手に職がほしい。「高校卒業後、専門学校で看護師資格を取る」。胸に抱いた娘の背中に手を添え、トントンとあやす姿に、あどけなさと母の自覚が混じって見えた。

10代マザー支援手探り 学業中断、生活困窮、冷たい視線

シーツにくるまれた胎児役の母親を左古さん(右)がなでる。「わが子に幸せな出産を経験してほしいと再確認する機会にしたい」(1月6日、京都市伏見区・あゆみ助産院)

 「堕(お)ろしてくれたらよかったのにと、義母から言われた」「知らんおばちゃんが、『どうせ虐待してるんでしょ』って」―。10代の母親の声から、厳しい現実が浮かぶ。若年出産の調査を続ける大阪府立大講師(地域看護学)の大川聡子さん(37)は言う。「偏見を含む視線が彼女たちを追いつめている」

 10代が産んだ子どもは2009年、全出生数の約1・4%と割合は少ないが、1万4687人に上る。10代出産は、学業の中断や出産後の困窮、パートナーとの不安定な関係など、危険性がつきまとうのが実情だ。

 1月6日、京都市伏見区の「あゆみ助産院」。母親たちが赤ちゃんを抱いて車座になっていた。代表の左古かず子さん(65)が力を注ぐ母親への性教育の取り組みだ。出産にいたる体の仕組みや避妊方法などを学ぶ。

 子どもが思春期を迎える前から、性について語り合える知識や経験を伝える狙いがある。「ずっと先を見据えた活動」と左古さんは語る。8年前、予期せぬ若年妊娠を防ぐ必要があると痛感する出来事があった。

 18歳の母親が赤ちゃんのそばでつぶやいた。「もう限界。育てられへん」。表情が消えていた。見かねた左古さんが福祉事務所への連絡を勧めた。生後2カ月で乳児院へ引き取られた。母親は「父親はわからない」の一点張り。反対した家族は、実家へ戻ることを許さなかった。母子は生活保護を受け、左古さんが育児を一から教えた。

 産後1年がたち、手紙が届いた。「産んで、赤ちゃんの命は大事にできた。私も命を大事にします」。その一節だけが、救いだった。

 「家族の助けがないと10代で出産しても育てるのは困難」と左古さんが身をもって感じたように、若年出産家庭への社会的な支援は乏しい。

 京都民医連中央病院(中京区)のソーシャルワーカー植松理香さん(46)は今、17歳の母親を見守っている。

 「大きくなってきたよ。また来て」。電話口から響く母親の声にほっとする。懸念ばかりだった。夜泣きに耐えられるか。世話ができるか。何より、父子家庭の彼女に頼れる女性はなく、乳児院への選択肢も考えた。

 児童相談所などの行政職員や主治医、看護師らを集めて協議し、支援態勢を固めた。昨年10月に出産して退院した後の約3カ月間、週3〜5回は育児支援のヘルパーをはじめ誰かが母子の様子を確かめるようにした。

 定期健診をすっぽかした時には、予約し直すように口酸っぱく説いた。「『あなたを心配する人がいる』と伝え続けることで、母親がSOSを出せるようになる」と植松さんは強調する。

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【2011年2月18日掲載】