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(2)海が見たい。今を耐え

あの日の朝も漁に出た 「原発に裏切られた」
遠い故郷につながる空をベランダから見つめる漁師の鈴木さん。「早く海が見たい」(8日、京都市伏見区)

 あの日の朝も海にいた。福島県浪江町の漁師鈴木計人(かずと)さん(47)は福島第1原発が見える沖合で刺し網漁をしていた。

 快晴。鏡のように穏やかな、いつもの海が数時間後、家や船、仲間を奪った。そして原発事故。ヒラメ、シラス、マダコ…。働けば働くだけ幸をもたらしてくれた漁場も汚された。「生きる糧が、むしり取られた」

 住んでいた請戸(うけど)地区は津波で壊滅状態となった。原発から半径10キロ圏内にあたり、妻の両親や長女夫婦たちを連れて京都市伏見区の市営住宅へ3月17日にたどり着いた。

 今も時々、漁に出る午前3時ごろに目が覚める。4階のベランダから、故郷につながる空を見上げる。「もう誰も浪江の魚を買ってくれないんじゃないか」。すぐにでも戻りたいが、娘や孫を被ばくさせる訳にいかない。

 原発の安全を信じて疑わなかった。長女の夫も福島第1原発で働いていた。海と田んぼの過疎の町には金と雇用をもたらす救世主だった。「こんなことになるなんて町の誰も考えていなかったと思う。原発に裏切られた」

 放射性物質の飛散で今も行方不明者の捜索が進まず、テレビにも映らない。復興に向けて歩み始めた被災地があるのに、故郷の現状すら見えない。

 数年は戻れないと覚悟した。職を求め、内装会社を経営する親類を東京に訪ねた。震災による資材不足で「仕事はほとんどない」と言われた。京都でハローワークに行ったが、求人票を調べる端末の使い方が分からず、帰宅した。「どうせ40を過ぎた漁師を雇ってくれるところなんてないでしょうね」

 地元の高校を卒業後、東京の建設会社で営業をした経験はあるが、特別な資格がある訳でもない。「海が見たい。どこでもいいから海が見たいんすよ」。頼る知り合いもいない地で立ちすくむ。

 でも、家族がいる。地震発生時、自宅に一人でいた鈴木さんが家族全員の無事を確認できたのは2日後だった。一番心配した三女はその日、中学校の卒業式を終えて街に出かけ、夜まで友人宅で不安な時を過ごした。「もし娘が家で一人だったらどうなっていたか」

 地元の高校を自主退学し、月に何度も東京に出向いてモデルを目指している次女の優さん(16)が「家計の足しに」と京都でアルバイトを探し始めた。申し訳ない気持ちとともに、自分の夢を保留してまで家族のことを思ってくれる娘の心配りが頼もしい。

 市営住宅では入居直後、棟長がストーブや足りない布団を貸してくれた。「困ったことがあったら何でも言ってください」。温かい言葉が胸に響いた。

 「あの海も今、生きようと必死のはず。戻れる日を信じて、今は耐えるしかない」

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【2011年4月13日掲載】