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(6)いつか、みんな一緒に

3家族19人の大黒柱 土のにおい 郷愁込み上げ
花見会場で松を見つめる吉田忠春さんと孫の裕大君。故郷で育てる松を思い出した(3日、宇治市)

 「仕事がある。放射線量は下がってる。来られるか」。京都市伏見区の市営住宅へ避難した吉田忠春さん(62)に5日、連絡が入った。原発で働く仲間からだった。「京都さ、いんだよ」。3家族19人の大黒柱として、一人戻るわけにはいかなかった。

 あの日、福島第1原発5号機の建屋にいた。はいつくばって外へ出ると、地割れがあった。福島県浪江町にある自宅へつながる道路は陥没し、倒壊した家々がふさいでいた。

 「おれらはいい。おまえらだけ逃げろ」。親類たちとの話し合いの席で、避難所に長居できる状況ではない忠春さん一家を、気遣う声が上がった。義母(84)は肺の疾病で酸素吸入器が手放せない。生後6カ月の孫もいる。

 「みんなでいれば心強い」。忠春さんは一緒に行動することを譲らなかった。

 春野菜の収穫と田植えを待つ田畑、鎖につないだままの愛犬…。故郷に多くを残して、一斉に京都へ避難した。

 3日。一家は、地元住民から花見に招かれた。桜咲く日本庭園に、松が枝を伸ばしていた。「じいちゃんのつくる松と、どっちがうまいか」。忠春さんが、孫の裕大君(12)につぶやいた。自宅の松は、40年前、妻の輝子さん(61)と新婚旅行の記念に買った苗から育てた。春先に剪定(せんてい)するはずだった。郷愁が込み上げた。

 裕大君と弟の大海君(9)は、日を追うごとに新天地の暮らしになじんできた。学校に通い始めた。新しい友達が部屋へ遊びに誘いに来る。「あいつらのことだから、大丈夫」。忠春さんには、窓の外で駆け回る2人が、頼もしくみえる。

 一方、自身は手持ちぶさたの毎日を何とかしたい。「おれだって、このままではいらんねえ」。もともとは建具職人。腕を生かして働きたい。

 「今日、老人会でおはぎつくってん」。市営住宅の住民がノックする。次々と届く野菜や菓子が一家を勇気づける。ただ、被災地を思うと、申し訳なくなる。

 福島でかなわなかった裕大君の「卒業式」を部屋で開いた。家族8人で机を囲み、ロールケーキを等分した。「分かち合って食べんだぞ」。校長役の忠春さんは、長引くかもしれない避難生活への覚悟を求めた。いつか、3家族の荷物を1台のトラックに積み込んで、一緒に帰ると決めている。

 故郷の春を、線路を挟んで広がる巨椋池干拓地に重ねている。肥料が入り、土が起こされ、田畑が日々、姿を変える。息を吸えば、大地のにおいがする。毎朝、足が自然と踏切を越える。たった一人の大切な時間。「眺めると、せえせえするんだ」。干拓地の向こうにそびえるコンクリートの団地群が、朝もやにかすんでいた。

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【2011年4月19日掲載】