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(1)幸せの意味 かみしめる

笑顔で「がん」打ち明けた 寄り添う友に囲まれて
手提げかごで夕食が届く。死と向き合う廣内さん(中央)を加藤さん(左)や徳田さんが見守る(3月11日、京都市北区)

 目の前の笑顔と耳にした言葉の落差に戸惑いを隠せなかった。「がん患者なんです」。昨年、初秋の鴨川のほとりで、記者は偶然に出会った京都市北区の廣内和子さん(62)から打ち明けられた。あれから半年。廣内さん宅に通い、笑顔に込められた覚悟と、一人のがん患者に寄り添う人たちの存在を知った。

 インターホンが鳴り続けた。マツタケやちらしずし、大根おろし付きの焼きサンマ…。一人暮らしの家庭にご近所さんや知人から料理や食材が次々と届く。外出先から帰るとポストに菓子やおかずが入っていることもあった。「買い物しなくても生活できるでしょ」と廣内さんは冗談交じりに笑った。

 介護施設の施設長だった2007年、定期健診で肺に影が見つかった。肺がん。「5年生きるのは厳しい」。医師の告知内容は残酷だった。

 患ってからほぼ毎週届く便りがある。送り主は元同僚。箱一杯になった絵はがきやカードには日常のささやかな報告がつづられていた。病気には触れられていない。「今はポストが宝箱。優しさって何かを教えてもらった」

 がんを気に掛け、一度は転勤話を断った長男(32)を昨年9月、タイへ送り出した。「自分の人生を頑張って」と伝えた。帰国は2年後。それまで生きると誓った。

 日々の話題を漫画にして贈ったのは同級生の徳田まちこさん(62)。一人にできない、と1日に2度、顔を出すときもある。「笑ってほしくて」。手のひら大の紙に描いた作品は50枚を超えた。

 「あなたが元気ないと不思議と私も元気がなくなるんよ」。加藤瑞子さん(67)も廣内さんを見守る一人だ。昨年12月に他界した夫匡志さん=当時(71)=は廣内さんの「がん友」だった。「(廣内さんの)息子が戻るまでは守る」。そう言い残した夫の思いを胸に、加藤さんは夕食などを手提げかごで届け、顔色や体調を気遣う。

 廣内さんは1月、自宅で倒れた。偶然訪ねた加藤さんが救急車を呼んだ。車内で、嘔吐(おうと)を続ける廣内さんの背中をさすった。「あなたまで失いたくない」。思いは通じ、大事には至らなかった。

 がんは昨年末に転移していた。一人だったらきっと落ち込んでる。でも、心配してくれるみんなと笑い、泣く中で不安が和らいだ。おかげで免疫力も高まっていると感じる。

 「がんが幸せの意味を教えてくれた」

 残しておいた免疫治療の費用を東日本大震災の義援金に充てた。「残された時間、人の役に立ちたい。誰かのためじゃなく、自分のために」

 4月末。ご近所さんからタケノコが届いた。来客を迎え入れた一室は笑い声が絶えない。そして、いつものように次から次とインターホンは鳴り響いた。

 病、高齢化、死別などのハードルを、家族とは違う絆で乗り越えようとする人たちがいます。第5部は、そんな支え合いを記者が見つめました。=5回掲載の予定です

【2011年5月2日掲載】