京都新聞TOP > 政治・社会アーカイブ > ひとりじゃないよ
インデックス

(3)孤立無援 弱音漏らせず

「ママ、出ていったな」 新幹線通勤 育児に不安
休日に庭で次男とキャッチボールする宮崎さん。「息子と過ごす時間が限りなくいとおしい」(4日、宇治市)

 帰宅すると妻はいなかった。5年前の8月。物音一つしない吹き抜けの広い居間は、西日で赤く染まっていた。「ママ、出ていったな」。外出先から息子2人と戻った会社員宮崎司さん(43)=宇治市=は小学4年の長男と顔を見合わせ、つぶやいた。思い当たる理由はあった。

 家のことはほとんどすべて妻任せだった。間もなく子どもの夏休みが終わる。「どうやって生活していったら」

 4歳の次男の通園に困った。肌が弱い長男のために空気のきれいな山間部の一戸建てに移り住んでいた。幼稚園の送迎バスは山を下りた場所までしか来ない。

 配線機器販売会社の営業担当。名古屋市の自動車メーカーの新規開拓を任され、午前5時に家を出て新幹線で通っていた。近所とも園の保護者とも、ほとんど付き合いはない。わずかな糸を頼りに近所の人らに頭を下げ、送迎や一時預かりをお願いした。「助けてあげたいが、そこまではできない」。やむを得ず中古車を購入し、ほとんど運転したことのない母親(76)=京都市山科区=に練習してもらって送り迎えを任せた。

 大量の製品案内冊子や試作品を詰めたかばん三つを抱えて広大な自動車工場を歩き回り、設備管理者に売り込んだ。以前は仕事が遅くなった日は名古屋市のホテルに泊まったが、「子どもに寂しい思いはさせたくない」と早めに切り上げ、新幹線で夜10時ごろに帰宅するようにした。

 仕事は持ち帰り、夜中にこなした。深夜に次男の寝顔を見つめながら布団にそっともぐり込むと必ず目を覚まし、「おかえり」と言って、すぐにまた眠りに入った。「帰ってきた痕跡を残すことで、父親はどこにも行かないと伝えたかった」

 取引先の自動車業界は世界同時不況の打撃に沈み、給料は半減した。妻の収入も合わせて組んだ35年の住宅ローンはすべてかぶっていた。自分の朝食はパン1個など100円以内に絞った。

 仕事の重圧。育児の不安。疲れから後頭部に強い痛みを感じるようになった。高血圧症。「このままでは死にますよ」。医者に忠告された。

 職場では「明るい父子家庭を目指す」と隠さなかった。離婚成立までに親権をめぐる調停で仕事を休まなければならない日もあった。それでも同僚に弱音を漏らしたくはなかった。「真っ暗闇の世界の中、唯一の救いである子どもを何としても守りたい」。悲鳴を上げる体を張りつめた心がかろうじて支えていた。

 「父子家庭はこんなにも孤立無援なのか」。やり場のない気持ちを抱えていた2年前。市の広報の小さい告知記事に目が止まった。父子家庭対象の「父と子の集い」。主催の市民生児童委員協議会がどんな組織かも知らなかったが、すがる思いで参加した。

地域と遠く 制度にも遅れ 父子家庭 もっと見つめて

宮崎さんの自宅居間では、次男が幼稚園時代に作った箱がリモコン収納として大切に使われていた(4日、宇治市)

 「どんな問題を抱えていますか」。父子家庭を対象に2年前に宇治市で市民生児童委員協議会が主催した「父と子の集い」のバーベキュー。参加した会社員宮崎司さん(43)=宇治市=は、民生児童委員から声を掛けられ、誰にも言えなかった日ごろの悩みを語った。弱音をはき出すだけで落ち着いた。同じ境遇の父親と話すことも初めてだった。

 参加したのは親子5組。娘が幼い時に子育てのために仕事を辞め、家にある本などを売って生活したと打ち明ける父親もいた。

 地域との接点を持ちにくい父子家庭の父親は、問題をつい抱え込みがちになる。集いであふれ出る思いに触れた市民生児童委員協議会の奥西隆三会長(62)は継続的に支え合う場の必要性を痛感した。2009年11月、宇治市父子会を立ち上げた。

 離婚の増加で父子家庭は増えている。05年の国勢調査によると、全国で9万2千世帯を超える。5年前の前回調査に比べ、5千世帯近く増えた。

 しかし、父子世帯の結束は、戦後に全国で設立された母子会に比べ立ち遅れてきた。府内では最も新しい宇治市父子会のほか、福知山市や亀岡市などの計8団体にとどまる。京都市にはない。

 会員の加入が伸びない課題もある。9組で出発した宇治市父子会だが今も10組。市民生児童委員協議会が市内の小、中学校を通じて実施した調査では、父子家庭の子どもは200人を超えていた。

 京都市が08年に実施した「ひとり親家庭実態調査」では、父子家庭が交流する事業について「あまり利用したいと思わない」が最多の36%に上る。今春、長男が高校に入学した宮崎さんは「仲間がいたから、いくつもの壁を乗り越えられた。一人で悩まないでほしい」と加入を呼び掛ける。

 こうした中、父子家庭の全国組織が09年にできた。NPO法人「全国父子家庭支援連絡会(全父子連)」。約50人が加入している。離婚後に子ども2人を育てる代表の片山知行さん(39)=新潟県阿賀野市=は「父子家庭の声が社会の中で埋没し、行政の目が向かない状況を変えたい」と話す。

 全父子連の政府への要望もあり、母子世帯のみに支給されていた児童扶養手当が昨年、父子家庭にも拡大された。

 しかし、無利子か低金利で融資を受けられる母子福祉資金貸付金や府の母子家庭奨学金など、同じひとり親なのに父子家庭が対象外の制度は多い。

 「非正規雇用の拡大で母子家庭より収入が多いという前提が崩れつつあり、支援の不均等を是正すべきだ」。片山さんは理解を求める。

 ご感想や身の回りの支え合いについてお寄せください。電子メールはminna@mb.kyoto−np.co.jp、ファクスは075(252)5454です。

【2011年6月8日掲載】