京都新聞TOP > 政治・社会アーカイブ > ひとりじゃないよ
インデックス

(5)「一人では生きられない」

30歳でひきこもり 父殴った。法廷で再生誓う
繁華街で客の呼び込みをするタカシさん。「孤独を抱える人も仕事帰りの人も一緒に笑える店にしたい」(5月25日、神戸市)

 タカシさん(32)=神戸市=は、朝に喫茶店に行き、帰ると家にずっとこもって酒をあおった。30歳の秋、こんな日常が始まった。店員と客が、かろうじて残る外界との接点。毎月、親に5万円をもらい、怒りにまかせて親を殴った。拳を浴びせながら心の中で叫んだ。「なんでおれみたいな人間が生きてるんだ」

 大学1年の夏に兆候は現れた。不潔が怖くなる。歩いていて影を踏むと汚物に触った気がする。引き返して影を確認しないと不快になる。「強迫性障害」と診断される。講義が頭に入らなくなった。

 退学届を出し、名古屋市の実家に戻った。アルバイトを転々とし、27歳の時に派遣社員として働き始める。朝の身支度の最中にテレビの映像が頭にこびりつき、動けなくなる。症状が悪化していた。遅刻を繰り返し、同僚と話をしなくなった。職を失った。

 「頑張ればいいことなんじゃない」。友人の言葉に、突き放されたように感じた。1人、また1人と、人を遠ざけるようになった。

 ひきこもって1年半が過ぎた昨夏の夜。タカシさんのふるう拳の痛みに耐えかね、父が通報した。タカシさんは家に入ってきた警察官を殴り、現行犯逮捕された。

 深夜、留置場で警察官に促されて髪を洗う。家にこもっていた時は水を見ると神経が高ぶるので風呂に入れなかった。久しぶりに鼻をくすぐるシャンプーの香り。「生まれ変わりたい」。シャワーの湯気に涙が交じる。

 警察署を出た足で京都市に向かった。東山区の支援団体「京都オレンジの会」に入る。同じ苦しみを持つ人と暮らし、相談に来る家族に自分史を語る。暴力も、逮捕されたことも。わが子にメッセージを書いてほしいと、頼まれると応じた。「世話好きなんだな」。仲間の言葉に、凍っていた心が少しずつ溶けた。

 昨年10月、名古屋地裁の法廷に立った。

 「友人がいなくても生きていけると思っていたけど、一人では生きられなかった」。両親が見守る傍聴席に、タカシさんの声だけが響く。2週間後、執行猶予付きの有罪判決を受けた。

 タカシさんは今、神戸市の繁華街にいる。ひきこもりの人が働ける料理店の開設準備に加わり、4月に店を開いた。店の2階で家族の輪に入る。40代にさしかかろうとするひきこもりもいる。タカシさん自身、月末で33歳。収入は月7万円、支援者が店の近所に用意した家に住む。今も店に足が向かない日はある。

 大学時代、バーテンダーにあこがれた。この店でささやかな夢を描くために、料理に合う輸入ビールを探している。孤独で、自己否定を続けた半生。こんな言葉を伝える日が来るのだろうか。

 母さん、いろいろごめん。おれは何とかやってるから。

支える親も高齢化 閉ざされた道 緩やかな社会参加から

ニュースレターを作る京都ARUの利用者。この日は36〜40歳の男性5人が参加した(5月31日、京都市下京区)

 ひきこもりの高年齢化が進んでいる。不登校に端を発した人の長期化に加え、就職の不調や職場の人間関係が原因となって30歳を超えてひきこもる人が増えたためだ。

 「全国引きこもりKHJ親の会」(東京都)が昨年、会員約330人を対象にした調査によると、当事者の平均年齢は31・6歳。「なぜ働かないのか」という世間の目にさらされながら、多くは障害年金や生活保護といった公共のセーフティーネットの枠外に置かれている。

 父親の平均年齢は64・4歳に達し、当事者の生計を支える親の老齢化も同時に進行する。調査に参加した徳島大大学院の境泉洋准教授は「親亡き後を見すえた生活モデルの構築が急務だ」と危機感を抱く。

 京都市南区の支援団体「京都ARU」では、約30人の利用者のうち35歳以上が半数を占める。最高齢は45歳。大半は未婚男性で親元で暮らす。一般就労を探っても、高年齢という条件に雇用情勢の厳しさが加わり、正規雇用の道が閉ざされていることが多い。利用者の男性(39)=大津市=は「働かなければと分かっていても体が動かない。親の死後、孤独死している自分が発見されるんじゃないかという恐怖が頭をよぎる」と話す。

 京都ARUは、パン作りやニュースレター発行を通した就労体験に取り組む。ひきこもりの人が集う居場所と一般就労の間にある「中間的な働きの場」を築き、当事者の歩みに沿った緩やかな社会参加を促す狙いだ。

 ひきこもりなど生活に困難を伴う人を支援する「子ども・若者育成支援推進法」が昨年4月に施行し、福祉、医療、雇用、再教育といった多方面にわたる機関が連携するネットワークが各地で産声を上げ始めた。

 京都市内で昨年10月に開かれたシンポジウムで、同法策定に関わった放送大の宮本みち子教授が「居場所がなく、仕事にも就けない人はどうやって生きていけばいいのか。外してはならないのは、つまづく人を社会から断絶させないという視点だ」と強調した。

 討論に参加した関係者は、学齢期を過ぎた人や、健常者との境界にいる障害者への支援の薄さ、高度成長期後を生きる世代の希望の喪失といった、問題の根底に横たわる課題を指摘した。

 行き場を失った人にひずみが現れている。孤立する人を生む社会について今、再考を迫られている。

ひきこもり調査

 内閣府が昨年7月、実態調査結果を公表し、自室や家を出ない状態が6カ月以上続く狭義のひきこもりと、趣味の時だけ外出する「準ひきこもり」は計約70万人と推計した。ひきこもりに共感を示す「親和群」は155万人。調査は15〜39歳が対象で40代以上は含まれない。

 ご感想や身の回りの支え合いについてお寄せください。電子メールはminna@mb.kyoto−np.co.jp、ファクスは075(252)5454です。

【2011年6月10日掲載】