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(7)そばにいたいが 働かねば

朝5時、寝たきりの妻世話 「何かあれば連絡」と隣人
文字盤をたどる妻の指先とかすかな表情の変化をたよりに、柿田さんは「会話」を続ける(4日、大津市)

 55歳ごろを境に生活は変わっていった。午前5時。柿田春雄さん(63)=大津市=の朝は、妻タミ子さん(65)の腹部に開けた穴から流動食を注入する「胃ろう」の準備で始まる。妻の排せつや洗顔、歯磨きなどの介助を終えると、急いで7時すぎの電車に乗り、仕事先へ向かう。

 日本舞踊の練習をしていた妻が「めまいがする」と言い出したのは約8年前。車の左前部をぶつける事故を2度繰り返した。ろれつが回らない日もあった。いくつか病院を回ったが、原因は分からない。「更年期障害ちゃうか」。夫婦で笑っていたが、その3カ月後に現実を知る。「多系統萎縮症」。医師は聞いたことがない病名を口にした。

 小脳が萎縮し、次第に運動機能が失われる難病と聞かされた。「進行性の病気で治らない」。目の前が真っ暗になり、次々と語られる医師の説明をうまく受け入れられなかった。

 病気の進行は早かった。つえなしに歩けなくなり、2年前からは寝たきりになった。「死んだ方がいい」。聞きたくない妻の言葉に耳をふさぎ、「ずっと2人でやってこうや」と励ました。しかし、進行は止まらない。声帯機能が落ち、声を出せなくなった。携帯電話を開ける力もなくなり、メールで続けた夫婦の「会話」さえ奪われた。一方、大脳に影響はなく、意識は常に鮮明。「だからこそ余計に妻も私もつらい」

 介護できるのは自分だけと気負った。妻のそばにいたい。ただ、将来の経済的不安は消えない。仕事と介護をてんびんにかける。京都市内の材木商店で働き続ける道を選んだ。勤務中、ベッドで一人、留守番する妻の姿が頭から離れなかった。

 夫婦を見守るのはヘルパーや看護師だけではない。近くの知人は、週に1度、花瓶に季節の花を届けたり、借りてきた朗読や漫才のCDを流すなど、夫の帰りを待つタミ子さんの留守番生活に彩りを添える。「何かあったら連絡するから」と携帯電話の番号を控えてくれているご近所さんもいる。「みんなの支えが心強かった」

 毎週土曜、趣味で約15年間続ける民謡のけいこに通う。かつては妻も同じ会に入っていた。本来の練習日は月曜夜だった。介護をきっかけにやめると伝えると、仲間全員が相談し、デイサービスを妻が利用し、仕事もない日時に変更してくれた。楽しみの時間を守ってくれた仲間の気遣いが心にしみた。

 昨年、助手席ごと外にスライドする介護用の車を購入した。2人は許された2時間で、琵琶湖周辺をドライブする。文字盤の上をかすかに動く妻の指先を追い、意思疎通を図る毎日。いずれ、この動作もかなわなくなる。それでも声を掛け続ける。「どこか行きたい場所はあるか」

利用0・03%「介護休業」看板倒れ 働き盛り 増える離職深刻

仕事と介護の両立は難しい。だれにも相談せずに苦悩を抱え込んでいる働き盛りの男性は多い

 妻や親など家族の介護のため、仕事を辞めざるを得ない働き盛りの男性は多い。生涯未婚率が高まる中、仕事と家事を抱えた上に親の介護を背負う単身男性が増えることも予想される。

 定年退職を5年後に控えた55歳の冬。京都市伏見区の田村権一さん(61)は、介護のために長年勤めた会社を辞めた。「可能なら仕事を続けたかった」と振り返る。

 田村さんは一人暮らしの父を京都に残し、東京の鉄道会社で働いていた。離れて暮らす間に父は体調を崩し、入院した。やせ細り、立つこともできない状態で認知症の症状が出ていた。

 介護休業制度を利用し、約8カ月後に復職するつもりだった。家財を東京に残し、妻と京都の実家で介護を始めた。訪問リハビリなどを通じ、父は少しずつ回復した。

 しかし、父の一人暮らしは難しい。入所できる施設を探したが見つからないまま、休職期限が迫った。将来の年金受給額や無収入の生活。自分たちの老後に不安はあった。ただ、父を置いて東京には戻れない。父が91歳で亡くなるまでの6年間、年金や貯金を切り崩し、介護を続けた。

 総務省によると、2002年10月〜07年9月の間に家族の介護や看護を理由に離職した男性は計10万人に上る。06年10月〜07年9月の男性離職者は2万5600人で、02〜03年の同時期と比べ1・7倍。年代別では、50歳代が2倍になった。

 厚生労働省から受託したみずほ情報総研(東京都)は昨年、介護と仕事の両立に関する全国調査をした。回答のあった1198社のうち介護休業取得者がいる企業は男女合わせて6・6%(10年1月現在)にとどまる。休職者の復職前に面談する▽休職期間に社内報を送り、復帰しやすいよう情報提供する−など工夫を凝らす姿が見えた半面、介護休業の利用が低迷する現状が浮かんだ。

 仕事と介護の両立にどのような支援が必要か。「21世紀職業財団」(東京都)は昨年秋、大学教授や企業による研究会を設置し、人事担当者や介護を抱える社員らに聞き取り調査した。

 育児休業が浸透する中、同じ法律で定められた介護休業が利用されにくい背景に、いつ終わるのか見通しが立たない▽相談しにくい▽管理職として活躍する40〜50歳代が直面するケースが多い−などの理由がある。「出世競争への影響や復職後の仕事が左右されるなどの考えから言い出せない男性もいる」と同財団は分析している。

 専門家など相談体制の整備や個別事情を認め合う職場風土の醸成など、研究報告では六つのポイントが示された。男性の介護休業の利用状況は、0・03%(08年度、厚労省調べ)。データは出遅れた支援体制に警鐘を鳴らしている。

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【2011年6月15日掲載】