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(8)終の棲家と思いたくない

「年取った」。死への覚悟 「見せる相手ない」写真処分
新聞記事のスクラップを広げる椿本さん。タクシー運転手時代を思い出し、笑みがこぼれた(5月30日、京都市伏見区)

 自宅のファイルは、「グループリビング」の資料で膨れていた。一つ屋根の下、一人暮らしの他人同士が支え合って暮らす−。人に囲まれた新たな生活に、京都市伏見区の椿本榮次さん(68)は希望を見いだした。

 独り身に不安がよぎったのは、61歳の冬だった。

 タクシー会社を定年退職して一息ついた時、生命保険の証書が見つからないことがあり、往生した。「一つずつ『準備』がいる」

 夜。静まりかえった部屋で遺言書を書いた。相続人に兄と、30年以上会っていない息子を据えた。資産のありかを列挙し、書き添えた。「長い事、スマンかった。一目会ってからと思いつつ」

 20代半ばで結婚した妻とは長く続かなかった。家族はいない。離婚した時、6歳で妻に引き取られた息子の記憶は鮮明に残っている。「大きくなったら外国へ行って活躍したい」と話していた。「夢が実現したなら、お金がかかるはず。残してやりたい」

 タクシー運転手時代、午前7時から午後11時の勤務は、疲れを残さずにこなせた。景気がよかった。得意先も付き、収入は満足にあった。酒を飲めばビール瓶5本。釣りにも賭け事にも熱中した。

 退職を境に、酒量は減り、趣味への興味がうせた。昼間、ドラマの再放送を見て過ごす時間に、「年を取った」と現実が迫ってきた。

 健康に不安はないが、死への覚悟はある。2階の部屋はほとんど空っぽだ。衣類や本など余分な物を処分した。

 段ボール3箱分のアルバムも捨てた。「遺影さえあればいい」。両親との記念写真やタクシーに乗る前に所属した自衛隊での演習、運転手仲間との慰安旅行…。1冊ずつカッターナイフで切り、ごみ袋に詰めた。身を裂かれるみたいで何度も中断した。

 「見せる相手はいない。死後に誰かに捨てさせるより、自分の手で済ませた方が楽や」。自らに言い聞かせた。

 近所には「新聞がたまっていたら救急車を」と頼んだ。いつ搬送されても恥ずかしくないように、下着は頻繁に新調するようにしている。

 今もアルバイトでタクシー運転手を続ける。帰宅しても家の中は真っ暗。一人で食べる弁当に嫌気が差し、半分で残すこともある。話し相手のいない今の自宅が、「終(つい)の棲家(すみか)」とは思いたくない。

 昨年5月から、グループリビングを目指す学習会へ参加を重ねている。同居人との夕食、おしゃべりのひととき、外でのボランティア…。やってみたいことが広がる。「自立と共生」を理念に掲げる住まいに、通常の高齢者施設とは違う老後の姿を描く。

他人と暮らすグループリビング “新家族”みんなでデザイン

設計図を見ながら、グループリビングの計画を練る増田さん(左から2人目)たち(5月26日、京都市中京区)

 急増が見込まれる独居高齢者や中高年単身者の孤立解消の方策として、「グループリビング」に注目が集まっている。一人暮らしの住人同士が居間や台所を共有する住まい。京都市内では近年、実現を目指す動きが相次いでいる。血縁や婚姻に依拠しない共同生活を、新たな「終(つい)の棲家(すみか)」とする提案だ。

 5月26日、京都市中京区のせいきょう会館で開かれた「グループリビング」の学習会。中高年や建築士ら13人が設計図を囲み、意見を交わしていた。10室の個室が並ぶフロアに、居間と集会スペース。「料理のにおいが部屋に行き渡る」「サロン活動もできそう」。互いの想像が膨らむ。

 1年前から会合を重ね、候補地や間取り、資金繰りを検討している。住み手自身が住まいの在り方をデザインする点に、既存の施設との違いがある。

 取り組みに関わる兵庫県立福祉のまちづくり研究所(神戸市)の絹川麻理研究員は「孤立しがちな中高年男性にとって、縁を紡ぐチャンスになる」と指摘する。

 仕事一辺倒のサラリーマン生活では地域や団体と関わる機会は限られる。職場とのつながりは定年で切れる。そこに血縁がなかったら。「日常のルール作りから始める自由度の高いグループリビングなら、男性が暮らしの中で新たな役割を見いだせるのでは」

 南区の嘱託会社員増田二三夫さん(64)は1年先をめどに、自宅をグループリビング向けに改修し、貸し出す計画だ。

 きっかけは、定年後に地域へと目が向いたことだった。妻が自宅のガレージで催す2カ月に1回のバザーに参加するようになり、職場の中だけだった人付き合いが広がった。地元で妻が築いた人間関係が見えた。65歳を前に孤独死した近所の住人の存在も知った。

 「老後も人とのつながりを持ち続けるために、地域に開かれた住まいをつくる必要性を感じた」

 すでに入居募集を始めた取り組みもある。

 NPO法人「東山やすらぎの会」が改修を進める東山区の古民家は、玄関の段差を解消し、エレベーターを設けたバリアフリー仕様。地域の診療所や居宅介護支援事業所と提携して医療や介護の受け皿を整えた。調理や室内清掃など入居者の生活支援ボランティアの組織づくりを進める。地域のサークル活動へ参加を促し、住民との交流も深める構想だ。

 「単身者が元気なうちから住み替えできる選択肢になれば」と同会の杉本裕好理事長(60)。4月、東山区の新聞約1万6千部に折り込みチラシを挟んだ。定員3人。他人同士が一つ屋根の下、自由を確保しながら支え合う暮らしは、早ければ9月に始まる。

グループリビング

 高齢者らが元気なうちから、一つの家で共同生活する。一般的に毎月、家賃や生活支援などに使う共益費を支払う。このほか、入居金として数百万円が必要となる。

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【2011年6月16日掲載】