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支え合い共感 一歩踏み出す(1)

一人がともす光は小さい でも、集まれば太陽になれる

 新聞記事に共感し、動き始めた市民がいる。貧困や老い、失業、病気などをきっかけに孤立に陥った現代人の姿と、そんな人たちに寄り添おうとする動きを描いた連載「ひとりじゃないよ」。一人一人ができることは小さい。でも、一歩踏み出すことから、支え合いは始まる。

あいさつから始めよう

 マンションに移り住んで半年がたっていた。京都市中京区の坂田富子さん(70)は一人暮らし。夫とは死別し、子どもは別の家に移った。密閉された部屋に、外からの声は入らない。隣人と顔を合わす機会もほとんどない。「箱の中に入ってしまったみたいで、近所の誰とも接点がなくなった」
 お年寄りの孤立と支援の動きを追った第1部「老いの情景」に自らが重なった。同時に、支援に奔走する人を知った。「誰かを支え、足元からつながりをつくっていこう」。自ら動き始めた。
 同じマンションに暮らす高齢の単身女性に思い切って声を掛けた。「いつもあいさつだけですけど、お元気ですか」。身の上を話し合い、女性の部屋を訪ねると約束した。近くの京都芸術センターで、展示の監視や受け付けのボランティア活動ができると知り、輪の中に飛び込んだ。
 部屋の電話のそばには知人らの番号を張り出している。東日本大震災を機につくった安否確認の連絡網。「どおえ、元気にしてるか」。受話器から届く声に、うれしくなる。

シェルター設立に奔走

「みんながほんの少し優しい気持ちを持てば、世の中はもっといいものになる」と話す塩津さん(京都市中京区)
 「子どもシェルターって、知ってる?」。京都市中京区で洋菓子会社を経営する塩津千穂子さん(70)=写真=は、友人に会っても、歯科医に行っても、子どもシェルターのことを語り掛けている。
 虐待などで家庭に居場所のない10代後半の子どもたちを一時的に保護し、睡眠や食事を提供するシェルター。京都の弁護士らが中心となって今秋の設立を目指している。その動きを紹介する記事が、塩津さんの目に留まった。
 これまでも児童養護施設を寄付で支援してきた。しかし、18歳で施設を出て、帰る場所を失った子どもたちのことが気になっていた。「普通のおばちゃんでも、ちょっと頑張ればできることがあるはず」。設立メンバーの弁護士事務所に自転車で駆けつけ、協力を申し出た。
 2児を育てた母として、子どもたちの成長に最も必要なのは愛情だと確信している。「愛に飢えた子どもたちに、『いつもあなたのことを見ているよ』と伝えたい」。シェルター関係者の紹介で、すでに一人の少女の相談に乗り始めた。
 どんな支援ができるか分からない。でも、今は一人でも多くの人にシェルターを知ってほしいと願う。「一人一人がともす光は、ろうそくのように小さい。でもそれが集まれば、太陽のように温かく子どもたちを包めるはずだから」

避難被災者にケーキ届け

被災者の交流会に紅茶や手作りケーキを提供する計画を進めている田中さん(京都市山科区)
 木津川市でカフェを経営する田中貴子さん(58)=京都市山科区、写真=は、東日本大震災を受けて山科市営住宅に避難してきた被災者の交流会に8月から紅茶や手作りケーキを提供する。「慣れぬ地での生活。少しでもほっとできる時間になれば」
 被災地のために何かできないかと考えていた時、第4部「帰郷の日まで」を読み、地元に多くの被災者が移り住んでいることを知った。取材班を通じて、被災者のための生活相談会を毎週開く西野学区社会福祉協議会事務局長の角森範久さん(69)と連絡を取り、カフェが夏休みになる時期の訪問を決めた。
 「支援者という大げさなものではなく、知り合いの一人になることで刻一刻と揺れ動く複雑な気持ちに向き合っていきたい」。交流会には、近所の友人も誘うつもりだ。