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(1)定年後、友の力で再起

62歳。昼酒、晩酌、依存症 落語CD60枚贈られた
アルコール依存症から立ち直る支えになった同窓生の前で落語を披露する鎌田さん(1月23日、京都市上京区)

 体の異変は定年退職後、しばらくして起きた。鎌田通義さん(62)=京都市左京区=は独身。生まれ育った家で一緒に暮らした両親もすでになく、気ままな一人暮らしだった。

 昼ごろ起きる。近所の飲食店でビール数杯と軽い食事。自宅に戻ってテレビを見る。日が暮れると、会社員時代から通う行きつけのちゃんこ料理店で晩酌した。カウンター席の端でいつも静かに飲んだ。「何かしないと体に悪いで」。店主の堀内実さん(60)から再三助言されても、「1年はのんびりして、別の仕事を探すわ」とかわした。

 趣味がなかった訳ではない。高校で落語研究会に所属し、西陣の帯屋で働いていた時には毎月のように市民寄席に出演した。37歳で自動車教習所に職場を移ってからは日曜出勤も増え、休日は寝て過ごすだけになった。

 退職後、時間を持て余し、酒量は増えた。いつの間にか歩くこともままならなくなったが、酔っただけと思っていた。

 「弁当を作って持って来てくれへんか」。電話で頼まれ自宅を訪ねた堀内さんは驚いた。玄関のガラス戸は割れ、家の中はごみと酒瓶で足の踏み場もなく、雨漏りも放置したまま。何日も風呂に入らず、近くに寄るだけでにおった。「何とかしないと」

 異変を知った鎌田さんの高校の後輩太田光子さん(61)=北区=の求めに応じ、同窓生が自宅を訪ねた。「大丈夫、大丈夫」と強がる鎌田さんを、病院に行くよう繰り返し説得した。事情を聴いた元同僚たちは銭湯に連れて行き、自宅の掃除をした。

 鎌田さんはアルコール依存症と診断され、1年ほど入院した。「生きがいがないと同じ生活に戻りかねない」。遠く離れた地の同窓生は桂米朝全集など落語のCD60枚を贈った。鎌田さんは、何度も聞き込んだ。

 1月23日。冬の澄んだ夜気が覆う上京区の路地に、1軒の町家から薄明かりと笑い声が漏れた。ラジカセから流れる出囃子(でばやし)。黒い紋付きを羽織った「常盤家痴苦笑(ちくしょう)」こと鎌田さんが旧友15人の前に現れた。「こんな形で再び落語をできるなんて夢にも思ってなかった」と照れながら切りだした。

 「寿限無」と「牛ほめ」を披露すると、旧友が一人ずつ声を掛けた。「昔のままや。上手やった」「ほかの演目もまた聞かせてな」。落語会は「立ち直った姿を見せたい」という鎌田さんの気持ちをくんだ同窓生が企画した。

 鎌田さんは感じた。「仕事以外にも自分にできることがあるかもしれない」。病院に近いアパートに移り、通院を続けながら散歩で体調を整えている。いつか再び、市民寄席に立つ日のために。

 男たちを取り巻く環境が厳しくなっています。働き盛りの失業や介護、生涯独身…。誰かに頼りたいけど、重荷を背負ったまま、声を上げられないようにも見えます。シリーズ最終章の第6部は、中高年を中心にした男の胸の内と、彼らを支える人たちの思いをつづります。

ルール 前の肩書語らない 「居場所の会」生きがい

制限時間は1人3分。お題に合わせて男性たちが順番に自作のスピーチを披露する(5月26日、長岡京市)

 退職後、会社と縁がなくなった途端に孤独を感じる男性は少なくない。子育てや地域のつながりから交流が生まれやすい女性と比べ、新たな人間関係を築くことが苦手な面が要因とされる。

 「茶や食事を一緒に」「相談事があったら相談する」「病気のときに助け合う」。内閣府の調査では、中高年男性はこれらの近所付き合いを希望するが、実際は「あいさつを交わすだけ」「外でちょっと立ち話」が多かった。日ごろの会話も、60歳以上の単身男性は5人に2人の割合で「2〜3日に1回以下」と答えるなど、孤立しがちな姿が浮かぶ。

 岸本裕次さん(72)=長岡京市=は9年前、日中、図書館や公民館で時間をもてあます多くの男性を目にした。行き場のない退職後の男性と知り、「男の井戸端会議をやろう」と有志4人で「『男の居場所』の会」をつくった。会員は口コミで増え、現在50人。4月には向日市でも会を立ち上げたが、まだ入会待ちが出るほど人気だ。

 毎週木曜の朝に長岡京市総合交流センターで定例会を開く。「人生の転機」「原発の行方」など、当番制の進行役がお題を決め、会員は順にスピーチする。制限時間は1人3分。ほぼ時間ぴったりにまとめる人や、おしゃべりがすぎて「チン」と進行役にベルで警告される人もいる。

 ルールは前職の肩書を語らないこと。「男は過去の自慢話や会社時代の肩書を引きずりがち。退職したら上下関係もないフラットな立場で付き合うことが大切」と岸本さん。会員が運営する料理教室や探鳥会、元気な間に夢をかなえる「冥途(めいど)のみやげかい」など自由に参加できる13の分科会も好評の理由という。

 「地域とつながりたい」と退職後すぐに入会した下岡一雄さん(63)=大山崎町=は、会で知り合った仲間と地元で別のボランティアを始めた。伊藤由一さん(76)=長岡京市=は「退職後は人前で話す機会もない。スピーチ内容を考えるのはよい刺激。生活にリズムも生まれ、家内も喜んでいる」と笑う。

 「団塊の世代」が定年を迎え、大量の退職者が出るとされた2007年。しかし、「大半が継続雇用を選び、大きな問題は発生しなかった」と総務省はいう。団塊世代が実際に会社を離れだすのは、公的年金の支給開始年齢(原則65歳)を迎える来年以降とも言われている。岸本さんは「行き場を失う男性が増えないよう居場所の会のような場が各地に広がってほしい」と呼び掛ける。

 2月下旬の定例会。「何に生きがいを感じますか」とのお題に会員の多くは「居場所の会」と声をそろえた。企業のOB会や同窓会でもない場で、新たな仲間と第二の人生を歩んでいる。=9回掲載の予定です

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【2011年6月6日掲載】