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第1話 9歳と19歳 がん治療 交わる心

「春からは…」生きる夢 支えに
小児科病棟で開かれたハロウィーン祭。ドレスで着飾ったベッド上の晃次君の横で、母の直子さん(奥右)と谷本さん(奥左)も仮装し写真に納まる(京都市左京区・京都大付属病院)
 人工呼吸器のチューブが付いているのど元は、白いリボンで隠した。「かわいい!」「コウちゃん、今日は顔色いいね」。記念撮影、「ハイ、ポーズ」。
 今年もハロウィーン祭が開かれた京都大付属病院小児科病棟(京都市左京区)で、ひときわにぎやかな部屋があった。看護師や患者の親、ボランティアらに囲まれ、ドレスで着飾った芝崎晃次(こうじ)君(9)がベッドにいた。
 その輪の中に、コウちゃんら病棟の子どもが「お兄ちゃん」と慕う谷本光伸さん(19)もいる。
 コウちゃんも、お兄ちゃんもがんと闘っている。
 コウちゃんの病気が最初に分かったのは、三歳になる前だった。兄や姉に比べて発達が遅いため、かかりつけの病院の勧めで脳の画像を撮った。偶然、影が見つかった。「脳腫瘍(しゅよう)です」。母の直子さん(46)は目の前が真っ暗になった。
 手術で大半の腫瘍は取り除けたが、一部は中枢神経が集まる脳幹に及び、残った。それでも通っていた中京区の保育園には元気に復帰した。運動会は、みんなと同じように駆けっこ、鉄棒、跳び箱にジャンプ。「大丈夫。腫瘍はこのままじっとして、子どもはすくすくと育っていくはず」
 保育園の年長を迎える春、食事中に手からお茶わんを落とした。前と同じ症状が出た。「これは…また」
 コウちゃんの腫瘍は通常よりも進行が遅いが、化学療法が効きにくいタイプと言われた。このまま待っていても良くならない。二回目の手術のあと、治してやりたい一心で、放射線治療を選んだ。病状は逆に悪化した。「治療したから進行が遅くなった」と医師は言ったが、直子さんは自分を責めた。
 今夏には、感染症と肺炎、脳梗塞(こうそく)も併発し、一時は危篤状態になったが、医師も驚くほどの力で回復した。
 そんなコウちゃんが検査などを終えると、毎日のように病室に訪れるのが谷本さんだ。「がんばったね」。今はまったく話すことができなくなったコウちゃんに、声をかける。うっすらと笑みを浮かべてくれることもある。谷本さん自身、悪性肉腫でつらい抗がん剤治療を続けている。
 「僕なんてまだ楽な方。小さい子がもっとしんどい治療を受けてるんやから」。そう自分に言い聞かせ、これまで十数回の治療に耐えてきた。

かなえるため 闘う毎日

谷本さん(左)たちが開いた入院中の女児の誕生日会。「ハッピーバースデー」の明るい歌声が病棟内に響いた(京都市左京区・京都大付属病院)
 京都大付属病院小児科病棟の「お兄ちゃん」、谷本光伸さん(19)は、芝崎直子さん(46)にとっても心強い。寝たきりの息子晃次君(9)との深くて強いきずな。
 子どもが寝静まる深夜、谷本さんは親同士の輪に入って笑い話をしたり、悩み事を聞いたりもする。直子さんは「お兄ちゃんの刺激がコウちゃんの病気の改善にも役立っている。おまけにわたしのガス抜きも。こっちがお兄ちゃんの体を心配するぐらい」と話す。
 谷本さんは小児病棟に入院して一年以上たつ。肉腫(しゅ)が見つかったは高校三年の夏。音楽部の大会が目前に迫り、遅くまでマンドリンを弾いていた。肩に違和感を覚え、病院でエックス線を撮ったら背中に白い影が映っていた。「ユーイング肉腫」。珍しい種類の小児がんだった。
 「確立された治療法がない。進行が早く命を落とす場合もある」。医師は両親に説明した。体重は十一キロ落ち、腫瘍(しゅよう)を肋骨(ろっこつ)と一緒に切除するなど手術を三回受けた。
 さらに抗がん剤の副作用は、吐き気や倦怠(けんたい)感などに加え、白血球の数が減り免疫力が弱まるため、寝たきりになることもある。それでも、できる限り子どもの病室を回る。
 病棟の一角にある子どもが自由に遊べるプレイルーム。そこで週に三、四回、市民ボランティアが工作やお話し会など工夫を凝らした遊び時間をつくっている。ボランティアの事務局に谷本さんが申し出た。「自分で企画した遊びをやってみたい。将来に生かしたい」
 十二月には治療を終えて退院し、来年四月からは大学に通って福祉を学ぶ予定だ。子ども好きが高じ、発病前から思い描いていた保育士など幼児教育にかかわる夢。この病棟で、よりはっきりと姿をみせ、膨らんだ。
 十月上旬、「お兄ちゃんといっしょ」と題した遊びの時間が始まった。プレイルームに子どもたちが次々とやってくる。この日の遊びはパズル作り。「お兄ちゃん、これどうやんの?」。一人ずつそばに寄って作り方を教える。「谷本君お薬飲んだ?」。看護師に聞かれて、「あっ!」。あわてて病室に戻っていった。
 コウちゃんの病室で寝泊まりする直子さんは朝起きると、その日の天気と日付を聞かせてあげる。自分で動かせなくなった体が硬直しないようストレッチしてあげたり、絵本を読み聞かせたりする。
 症状が落ち着いてきた最近、新たな目標を掲げた。「春には自宅に帰ること」。何度入院しても「帰りたい」といっていたコウちゃんの思いを、またかなえてあげたい。
 第一歩として、車いすに座る訓練を始めた。看護師が抱きかかえて乗せ換える。「せーの!」。ちょっと不安げな表情。「ごめん、怖かった?」。車いすで病棟内を散歩する。
 お父さんや子どもたちの声が自然に聞こえてくる家。また家族五人、にぎやかに暮らせる日が来るのを、直子さんも、きっとコウちゃんも楽しみにしている。
 病棟に、お兄ちゃんとコウちゃんの生きる夢が交錯する。
 生きにくい。そんな声が満ちあふれている。年間三万人が自らの命を絶つ。病や老いを得ては心をつぶし、未来の担い人をはぐくむことさえ難しい。日本はいつから、息苦しい社会になったのか。疲弊したシステムの中、それでも自ら立つ人、寄り添う人がいる。その生きように重く、はかなく、頼りなく、強い命がときめく。それは明日のあなた。あなたの明日−。
 第一部は、がん患者たち。日本人の三人に一人が亡くなる身近な病から、「死」を知って「生」を知った人たちと、その心に差した光の物語です。=8回掲載(京都新聞朝刊2008年11月17日)

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