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第2話 心の痛みやわらいだ がんのホスピス医と出会って

死は平等 患者にも医師にも
クリスマスの催しに向けて飾り付けを作る江川さん(左)と細井さん(近江八幡市・ヴォーリズ記念病院)
 静かにカーテンを開ける。きのう八幡山に沈んだ日が、また上り、輝こうとしている。大きなモミジの枯れ木に、命を注ぐように照らす。午前五時。きょう一日が、始まる。
 近江八幡市の江川志ずさん(80)は今、この時間が一番いとおしい。
 四月半ば、主治医から突然、膵臓(すいぞう)がんを告知された。進行していて手術はできないという。「何を言っているのか理解できない」。動転した。治療法を探していくつか病院を回った。医師の答えは同じ。最後に主治医が紹介してくれたのが、この近江八幡市のヴォーリズ記念病院のホスピス(緩和ケア病棟)「希望館」だった。
 入るなり、ホスピスの医師は人なつっこい笑顔で言った。「あなたの寿命を長くすることは私にはできん。けど、寿命の間は、よく生きられるようにします。くよくよしても仕方ない。愉快にいきましょう」
 今までの医師と違う。胸のつかえが溶けるような気がした。痛み止めでも、ずっとすっきりしなかったしんどさ、つらさ、苦しさ。体の痛みだけではない、心の痛みが消えた。
 その医師、ホスピス長の細井順さん(57)。彼も四年前に腎臓がんに侵され、自分の死を見つめた。手術は成功したが、今も再発の不安を抱えている。
 外科医だった。約二十年間、がんを切り取り、患者を治してきた。メスを置くきっかけは、父が最期に過ごしたホスピス。治らないがん患者に目線を合わせて向き合う医師や看護師にうたれた。「それまで外科医として治療できないがん患者には目をそむけていた」
 ホスピス医になって八年目、自らがんを患った。初期ではない。京都市内の病院で手術を受ける前日、妻にお別れの手紙を書いた。
 死はこんなにもそばにある。病気だから死ぬのではない。人だから死ぬんだ−。当たり前のことが患者になって分かった。ベッドから白衣をみると、若い研修医にさえ、恐縮する患者の自分がいた。
 現場に復帰してから、白衣は脱いだ。「患者はみんな、一個の人間としてみてほしいのだと知ったから」
 その存在と言葉が患者の心を癒やしていく。「わたしは生きる人、あなたは死ぬ人ではない。医師であろうと患者であろうと死の前では平等。お互い様でいきましょう」

生きる力 始まりの場所

ホスピス玄関にある職員手作りの掲示(近江八幡市・ヴォーリズ記念病院)
 「ここは終わりの場所ではありません。ここから始めようという場所です」。近江八幡市のヴォーリズ記念病院ホスピス「希望館」の玄関には、こんな言葉が記されている。
 「治らないがんイコール終末期とは限らない。そこから始まる生もある」(ホスピス長の細井順さん)との思いが込められている。
 七月に入院した江川志ずさん(80)は言う。「ホスピスは入ったら死ぬ場所だと思われているから、最初は友達にも言わなかった。けど、今は堂々と言っている。ホスピスは生きる力を与えてくれる場だって」。
 九月には一度退院して、沖縄で暮らす長女夫妻の家で二週間すごした。夫とその姉が暮らす近江八幡市内の自宅にもしばしば帰宅する。病室では、保母として働いたころに覚えた童謡を口ずさむのが最近の楽しみだ。
 近江八幡市の寺岡光男さん(75)は昨春に末期の肺がんが見つかった。脳にも転移し、体中、ドカッという強烈な痛みに襲われる。九月に、このホスピスに入って落ち着いた。
 「食べられるようになった。眠れるようになった。ありがたい。先生も看護師さんも話をゆっくり聞いてくれて気が休まる。報われた気分」と吸入器をつけながら笑う。「入院してても、人間としての自由を与えてくれる。ここで死んでも、何も悔やまない」
 胃がんを患う脇一雄さん(78)は「いろんな病院を回ったけど、患者の顔を見ないでパソコンをみる医師ばかりだった。ここで先生に体を触ってもらうだけで安心できる」と快活に話す。
 このホスピスの平均在院日数は三十日。取材中も入院患者が亡くなった。自宅に帰る際は、お別れの会が開かれる。医師、看護師や病棟スタッフと遺族が故人の印象に残った言葉やふるまいを語り合う。泣き声の中に、笑い声もこぼれる。「かけがえのない濃密な時間をここですごせた」
 緩和ケアは、まず麻薬などで体の痛みを抑えるのが基本。でも、それは一部にすぎない。細井さんはこんな経験がある。「ワニにかまれたみたいに腰が痛い」と表現して入院してきたがん患者。薬を処方すると、「半分楽になった」。それから戒名を用意しているという話を一時間じっと聞いたら、「すっかり痛みがなくなった」。
 なぜ生きられないのかという胸の奥の叫び。薬では癒やせない心の痛みに、どう手を添えるかに真価がある。
 「ホスピス医になった当初は何かしてあげたいと考えたけど、自分のパフォーマンスで人を生かすことはできないと今は思う。ふさぎこむ患者には、そばで黙って患者の呼吸に合わせることから始める。自分を殺すことで、相手に生きてもらえることがある」
 「そして亡くなった時、その生き様に今度はわたしたちスタッフや遺族が生かされる。命は引き継がれる。生と死は一続きで繰り返されていると感じる」
 ベッド脇の小さな折りたたみイスに座り込み、医師と患者を超えた心の声に耳を澄ます。生死があやなす「希望館」の日々。
 「人はどんな絶望の中でも希望を見いだせると信じている。心までがんになった訳ではないんだから」
(京都新聞朝刊2008年11月18日)

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