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希望くれた「命の賛歌」 読者に広がる共感

「学校の教材に」 「介護の決意生まれた」
連載に対して寄せられた読者からの意見や感想
 十一月十七日付朝刊から連載した「命ときめく日に 第一部・病から始まった」(全八回)に対し、ご意見や感想を募ったところ、たくさんの手紙やファクス、電子メールをいただきました。一部を紹介します。
 連載は、日本人の三人に一人が亡くなる身近な病、がんを患った人々を中心に、その生き方や支える人たちの姿を伝えました。
 守山市の女性Kさん(71)は「医療や福祉の記事は悲惨な気持ちになることが多いですが、これは『命の賛歌』なのですね。わたしも最期まで自分らしく生きられるようにありたいと思いました」と書いていただきました。福知山市のパート勤務女性(54)は「紙面の中にみえる、あの明るい顔や力強い言葉を拝見して、自分の生活を見直し、この生命を生き切りたいと心から思いました」。
 宇治市の男性(56)は、うつ病で大手企業を早期退職。再就職した職場でも落ち込む日々としながら、「記事に顔を張り倒されました。自分の人間としての未熟さ、弱さに勇気をもらいました」。「悲しい事件や事故が毎日のように載っているけど、こうして人を元気にしたり、安らかにする記事でいっぱいの新聞が必要な気がしました」というKさんのメールも取材班の励みになりました。
 がんや難病の体験者の方からも多くの声をいただきました。
 城陽市に暮らす白血病の女性Yさん(67)は抗がん剤治療の苦しさを書かれ、「がん患者の皆さん、一日に感謝し、明日あることを信じて頑張りましょう」と呼びかけておられます。
 胃がんで余命半年と宣告されながら、二年近く闘っている福知山市の男性Oさんは、手術説明書付きで手紙をくださいました。「記事で希望をいただきました。人間の生命力は素晴らしい」。胃がんなどで長年治療を続けておられる京都市伏見区の男性Mさん(75)は、「私も生きる目的を持って頑張りたい」。「クローン病」という原因不明の難病を抱える南丹市の男性Kさんは「記事に自らの体験を重ね合わせ、多くの気づきと命のありがたさを再び思い起こしました」。
 伊根町の中学教員の男性Oさんは、「生徒とのかかわりの中で『いのち』は日々の大きなテーマ。これを除いて教育活動は成り立ちません。しかし、現実には自分の命も他人の命も大切にできない事象が増加しています。子どもたちに命をどう教えていくか。記事は授業でも取り上げていける内容です」といただきました。「子どもに読ませました。学校の教材にも使ってほしい」という京都市内のお母さんも。
 第一話で取り上げた病棟で過ごす少年二人の夢。京丹後市の男性は「昨今自ら命を絶ったり、ちょっとしたことで人を殺す事件が増えていますが、少しでもこんな子どもたちの姿に思いをはせられれば」と書かれています。京都府内の主婦(34)は「私の夫はあすから前立腺肉腫の手術で入院します。大きな不安で押しつぶされそうな毎日でしたが、この記事で少し前向きになれた気がしました」。
 Kさんの息子さんは脳腫瘍(しゅよう)で入院され、少年二人も知っておられるそうです。高校の卒業式に車いすで出席した後、今年六月に亡くなられたとつづられ、「機会があれば話したい」といただきました。
 第二話のホスピスについて「『生きる力を与えてくれる場所』『絶望の中にも希望はある』という言葉に感激」とMさん。ご主人をがんで亡くされ、ご自身もがんと診断された京都市の女性Iさん(73)は、第五話で紹介した僧侶の記事に「一人暮らしの寂しさと不安で悩む中、同じような星の下に生まれた方もおられると勇気づけられた」。
 障害のある子どもを自宅に引き取った母親(第六話)について、大津市の女性Tさんからの手紙。施設に入っていた義母を在宅介護する決断をした自分と重ね合わせ、「命を守る義務みたいなものを痛感し、本心からの介護に取り組む決意が生まれました」。
 第八話の自宅で暮らす末期がん女性に、九十二歳の母の介護をする左京区の女性は「一日も早くケア態勢を整備してほしいと切に願います」と。右京区の自営業女性(36)も、がんで落ち込んだまま亡くなったおばさんを思い出し、「絶望している人も救われるような緩和ケアの普及」を訴えておられます。
 第三話のフォーク歌手高石ともやさんの家族の生き方、第七話の哲学者梅原猛さんの著作への執念にも共感の声が多かったです。宇治市の主婦Kさんは、浄土真宗本願寺派が始めたビハーラに期待されています。
 皆さんの声を今後の取材に生かしたいと思います。(「命ときめく日に」取材班)
(京都新聞朝刊2008年11月30日)