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医療が後押し

人工内耳 増加 個人差、母語の習得できぬ恐れも
膵腎移植を受けた岩井さん。「もらった臓器の健康を長く保ちたい」と正月も鉄アレイを持ったウオーキングに励む(1月3日、城陽市富野乾垣内)
 「ありがとう、では言い尽くせない。むしろ、申し訳ないという言葉の方が近いかもしれない」。今、自分の体内に息づく臓器を脳死下で提供してくれた見知らぬ人、そして遺族への思いが常に胸の中にある。
 三年前の一月、腎不全を患っていた岩井浩さん(46)=城陽市=が勤め先の京都拘置所(京都市伏見区)に出勤すると電話が鳴っていた。「移植が決まりました。すぐ来てください」
 急きょ仕事を休み、京都府立医科大病院(上京区)へ。国内四十一例目の脳死臓器移植で、府立医大では初の脳死での膵臓(すいぞう)と腎臓の同時移植だった。医師が提供された二つの臓器と、岩井さんの血管をつなぐ。約十時間に及ぶ手術が翌朝終わった。
 一週間後、点滴や尿管を外し、約十一年ぶりにトイレで自ら尿を出した。人工透析を受けている間はできなかった。「ずっと制限していた水も自由に飲める。普通に暮らせる実感がわき、喜びがこみ上げてきた」
 中学一年の春、原因不明の小児糖尿病にかかった。膵臓がインスリンをうまく作れない。注射での投与で高血糖になるのを防ぐ毎日だった。三十二歳の時、不眠症や食欲低下がひどくなり、勤めていた会社を休職。恐れていた慢性腎不全になっていた。膵臓と腎臓の移植がベストだが、いつになるかわからない。
 人工透析に週三日通う生活が始まった。夕方に病院に行けるよう、パートとして職場に復帰。「病気だからと自分に言い聞かせても、同僚が残業しているのに一人早く退社するのがつらかった」。午後五時に気兼ねなく帰れる仕事を探し、就けたのが京都拘置所内の売店店員だった。
 透析開始から十一年待った臓器移植。膵腎同時移植の件数は全国で年間平均五件ほど。「高齢になってからか、あるいは当たらないかも」と思っていた移植が四十代で巡ってきた。「宝くじ」にもたとえられる幸運。提供者(ドナー)について詳しく知ってはいけないが「大阪の病院にいた自分と年の近い男性」と聞き、「重みと尊さが身にしみた」
 ドナーと、脳死後とはいえ、肉親の身を切ることに承諾してくれた遺族への感謝。「頂いた臓器を長く健康に保ち、精いっぱい生きることでしか報いることができない」。毎晩、鉄アレイを両手に自宅周辺を一時間半黙々と歩く。
 さらに頭に浮かぶのは移植を待つ大勢の患者の姿。「病や障害でできることが限られていても『仕事をしたい』と願う人の思いと、適した職業を結びつける役割を担いたい」
 就労支援にあたるキャリアカウンセラーの勉強を、昨年から始めた。もどかしさを身をもって知る自分だからこそ、やれることがある。それが「幸運にも移植を受けられた僕の使命だと思う」。 ■臓器移植 腎臓、肝臓、膵臓、心臓、肺などの臓器移植を希望する登録者は全国で1万2000人以上おり、うち9割以上が腎臓移植を希望している。対して、心停止と脳死下の臓器提供件数はここ10年、年間約80−110件程度で伸び悩む。うち、脳死下での提供は年間10件前後にとどまる。

医の進歩 どこまで人救うか

京都大が作製したヒトゲノムマップ。1つの細胞にある23本の染色体に入ったDNAごとに、判明した遺伝子の機能などを示している
 臓器移植法の施行を受け、一九九九年に法に基づく脳死臓器移植が高知や京都で行われて十年。国内の脳死下での提供はわずかで、生体移植や海外移植を迫られる患者や家族は少なくない。
 将来、iPS(人工多能性幹)細胞から臓器がつくれるような時代になれば、「移植は過渡期の医療になる」との声もある。しかし、「今、臓器移植できないと助からない患者がいる以上、移植医療を多くの人に理解してもらうことが大切」。京都府臓器移植コーディネーターの久保田三千恵さん(57)は話す。
 脳死を「死」として受け止めること、遺体に傷をつけたことに悩む遺族は少なくない。「ドナーの遺族が『提供して良かった』と思える社会にしなければ移植はすすまない。提供を受けた人の中で臓器が生き、人生の大きな力になっている様子を私たちが伝えたい」
 医師側の悩みも深い。「救命に全力を注いでいた医師が、移植の話を家族に切り出すのは難しい。家族に申し訳ないとの思いが強く、気持ちが切り替えられない」。京都府立医科大病院の吉村了勇教授(移植外科)は現場の実情を語る。国会では移植法の見直し論議もあるが、「死生観などと絡む問題のため、国も本腰を入れて脳死下の移植を推進する姿勢にはなっていない」と指摘する。
 「検査を受けたのが本当に良かったのか、今も分からない」。大津市の女性(46)は四年前、妊娠後に胎児の羊水検査による遺伝子診断(出生前診断)を受けた。通っていた産婦人科で、高齢出産のリスクが心配と相談したところ、「検査もある」と聞き、「自分は大丈夫」と思って受けた。  胎児に先天異常が見つかった。複雑な家庭事情や自身の体調もあり、最終的に中絶した。その後、離婚、実家に戻った。
 「検査を受けていなければ違う人生だったかもしれないと思うことはある。人に命を選ぶ権利があるかと言われたら、言葉もない」
 二〇〇三年にヒトゲノム(遺伝情報)が完全解読されて以来、遺伝子を軸とした医療は急速にすすんでいる。iPS細胞も、その流れの中で生まれた。遺伝子診断の技術、精度も上がっている。
 例えば、遺伝性の大腸がん患者は、自身の再発や子どもの発症リスクも診断できる。そうした情報を「早期発見・早期治療につなげるのが遺伝子診断の大きな利点」と、京都大病院遺伝子診療部の小杉眞司教授はいう。
 一方で、出生前診断のように「知ってしまうことで、本人だけでなく血縁者や家族が受ける精神的負担、衝撃が大きい問題もある。十分なカウンセリングが不可欠だ」。
 ハンチントン病などの遺伝病はいずれ発症するかどうかを採血だけで遺伝子診断できるが、予防法や治療法がないだけに、陽性の場合、絶望することになりかねない。
 「一九九〇年代まで遺伝子領域はほぼ荒野のように何も分からなかったが、〇三年に地図(完全解読)ができ、研究段階は激変した。今後、五年くらいで診療分野まで劇的に変えるだろう」。小杉教授は予測する。
 再生医療はもとより、個人の遺伝子情報から、がんや生活習慣病になる確率を調べる研究などが飛躍的にすすむ。
 だが、連載でみてきたように、そうした先端医療技術が広く患者に届くまでには多くの問題がある。人工透析(第四回)や人工呼吸器(第五回)が示すように、まず国の医療費抑制策が大きく立ちはだかる。初期の透析であった年齢や費用負担力などによる患者選別、遺伝子診断や移植のように倫理、日本人の死生観にかかわる問題も出てこよう。希少疾病(第三回)は治療はもとより、診断できる機関も少なく、後回しになりがちだ。
 一方で、病や障害を受け入れ、輝く人々がいる。人工内耳と手話(第六回)のように、先端技術と文化は時にぶつかりもする。健常者、障害者、患者らが互いに支え、認め合う社会であってこそ技術は真の力を持つ。
 健やかに永らえたい−。だれもが望む願いと、いつかは終わる生命の理(ことわり)のはざまで、医療技術はどこまで人を救い、生かそうとするのか。
 京都大で「医の倫理委員会」委員長も務める小杉教授は、「社会的な負担や限界も含めた広い意味での医療の倫理について、日本の姿勢を議論する大きな枠組みが必要」と話す。
(京都新聞朝刊2009年1月9日)