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「あなた」に寄り添う 小さな施設の挑戦

なじみのケア 徘徊なくなった
辰村さん(左)と大野さん
 京都市下京区の辰村ふじえさん(80)は昨年八月、脳こうそくから認知症を患った。半年前に夫を亡くし、気が落ち込んでいる時でもあった。
 風呂やトイレの場所が分からない。ここはだれの家なのか。早く出ていかなければいけない。夫の待つ家に帰らなければ−。
 それは、「周りの者からみると徘徊(はいかい)、奇言、妄想ということになる。本当に困りました」。近くに住む長女の大野康子さん(54)は振り返る。自宅での介護も考えたが、飲食業をしている上にパーキンソン病の夫の看病もある。
 そんな大野さんが出合ったのが、「松原のぞみの郷」(下京区)だ。小規模多機能施設と呼ばれる。訪問介護、通所介護(デイ)、宿泊の三サービスを一体的に提供し、高齢者の自宅での暮らしを支える。三年前に介護保険で制度化されたが、まだ京都市内でも十四カ所しかない。
 辰村さんは昨年十二月から利用を始めた。毎朝、訪問介護で朝食などの介助を受ける。日中はのぞみの郷に通い、仲間の高齢者と食事や入浴、散歩、会話を楽しむ。自宅に戻った後、夜に再び訪問介護で就寝の介助を受ける。「家にこもっていても仕方ないし、出かけるのは張り合いがある。主人の思い出もあるし、この家に住み続けたい」。辰村さんは笑顔で話す。
 母の変化に大野さんは驚く。「すっかり落ち着いて徘徊がなくなった。物忘れはするけど、普通の会話も増えた。いざとなれば泊めてもらえるし、こういう施設が身近にあると安心」
 のぞみの郷は二年前、典型的な京町家を改装して開いた。施設長の上田充(みつ)子さん(51)は長年、特別養護老人ホームで勤めた。「大きな施設では、どうしても高齢者を個人とみたケアができにくい。集団の一人になる」
 日中の利用者は定員十五人。計十五人の職員がかかわる。サービスごとに担当者が変わるのでなく、同じ職員が訪ね、通い、泊まりに付き添う。利用者の大半は認知症だ。中核症状の物忘れがすすむことで、混乱や徘徊など周辺症状が起きる。なじみの関係と、家庭的な雰囲気が重要になる。
 「認知症は脳の病気と、まず頭にたたきこむ。その上で、その人が過ごしてきた人生の輝きを知り、そばに寄り添うことで周辺症状はかなり改善できる。獲得してきた記憶を大人になって失っていくのはつらい、さみしい。みんな話を聞いてほしいんですよ」
 冬の陽だまり、時がやわらぐ。老いてもボケても「この世にたった一人、かけがえのない大事なあなた」に、上田さんは向き合う。

「認認介護」 取り戻した笑顔

上田充子さん
 妻(75)「百貨店に行かんとな」
 夫(82)「うーん。五階かあ?」
 かみあっているような、すれ違っているような会話。笑い顔で見つめ合う。夫婦は、ともに認知症だ。
 「松原のぞみの郷」に通うようになったのは今年一月。夫妻の近くに住む自営業の長男(49)=京都市下京区=は「昨夏、母の物忘れのひどさが気になり、医師にみせたら両親とも認知症と分かった。施設も考えたが、二人で自宅に住み続けたいという思いを大事にしてあげたかった」  当初は迎えの職員に「帰れ」と怒っていた夫婦も、顔を覚えると気を許すようになった。「通うようになってから二人ともおしゃれをしたり、朝にちゃんと起きるようになった」と長男は喜ぶ。「老老」だけでなく、急増しているといわれる「認認介護」だ。
 「互いに病気になっても、間違いのない夫婦の時間を生きておられる。支える私たちも勇気をもらっている」。施設長の上田充子さんは目を細めた。
 

地域の頼れる拠点 採算の壁

京町家を改築した松原のぞみの郷に自宅から通い、縁側で語り合う認知症の夫婦(京都市下京区)
 ただ、こうした認知症患者の在宅生活をいつまで支えられるのかは常に直面する難問だ。今の医療で認知症は治せない。「同居の介護者がいない場合などは、これ以上、暮らせないという限界がどうしてもくる」
 二月の寒い朝。これまで支え続けてきた認知症の独居女性を特養ホームに送った。家族の希望だったが、本人は決して望んでいなかった。「これでよかったのか」。スタッフの一人がこぼす言葉に、上田さんは胸がつまった。
 「人によって必要な介護は違う。マニュアルも、答えもない。どうすれば、永らえた命を尊厳を持って生きてもらえるか。毎日、迷い、悩み、手探りです」
 京都市は小規模多機能施設について「中学校区に一カ所」(計七十六)の開設を目指すが、遠く及ばない。事業者らは「採算が見込みにくい」という。どんなサービスをしても月々の報酬は要介護度に応じた定額。「常時延べ二十人以上の利用者がいて、要介護3以上でないと赤字になる」
 のぞみの郷も開所から一年は赤字だった。「地域のケアマネジャーに認められ、紹介してもらえるようになるまでが大変でした」
 昨年末、入院していた女性利用者(90)が「病院を出たい」と言い出した。末期がん。家族は、のぞみの郷に看(み)取りを頼んできた。「受け入れよう」。迷った末、上田さんは決断する。
 態勢を整えて泊まり部屋に「帰ってきてもらった」。その日のうちに、女性は息を引き取った。最後に幸せを感じてくれたのかは分からない。だけど、「彼女の人生の中で、家の一部として、ここが認められた瞬間だったのかな」
 地域で介護が必要な高齢者を支える。のぞみの郷の挑戦は続く。
(京都新聞朝刊、2009年3月17日掲載)