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障害者が担うケア 役割、安心感芽生え

ゆったり支え合い 壁のない共生
西村糸枝さん
 女性が鼻歌交じりに、ティーカップの側面を指先ではじく。七十−九十代のお年寄りが大きないすやソファに座って歌う「青い山脈」に合わせて。湖南市石部、デイサービス「共生舎なんてん」の昼下がり。ゆったりした時間が流れる。
 「あのころいくつやったっけ」。歌声が話し声に変わる。指先が止まり、女性はすーっと応接間から隣の食卓へ。お盆を手に戻るとお年寄りが飲みほしたカップをさげていった。
 西村糸枝さん(53)は最近、食器を下げるタイミングを自分ではかっている。昨春から、ここで週二日働く。知的障害者だ。
 昼食の盛りつけや片づけは活躍の時。「糸枝ちゃん、手伝って」−。食器乾燥機から茶わんを棚にしまう。「先にご飯茶わんやで」と同僚の指示を受けた三十分後には、西村さんが一人で乾燥を終えた食器を棚に片づけていた。佐川紀子さん(38)は「声かけを繰り返すと、指示なしで動けるようになるんです」と話す。
 おかずを皿によそうと、利用者の人数に合わない時もある。お年寄りのかばんを探すスタッフたちに「ここやで」と教える西村さん。「知ってたら持ってきてぇな」と注文が付く。午後のお茶の時間。アップルティーの袋を持ったまま、お年寄りに勧められず棒立ちになってしまった。
 「自分から動くのは少し苦手。背中を押してあげないと」「忙しいと、先に手が出る。糸枝ちゃんの良さを十分引き出せているのかな」。ともに働く仲間たちは考え合う。
 西村さんは氷川きよしのファンだ。「コンサートへ行くのが今の目標。お金をためんと。なかなかたまらんけど」。休日にはコーラスも習っている。職員らのリクエストに応えて、ピンクレディーを振り付け付きで披露した。「あー恥ずかし」と耳を真っ赤にする。けど、「歌っている時が一番笑顔。自分でそう思う」。応接間のお年寄りの視線は優しい。「足さえどうもなきゃ、一緒に踊るのに」
 夕方、白いコートを着た西村さんに、お年寄りが「ええの着てる。汚さんようにね」と語りかけた。「はぁい、さよなら」。西村さんが帰るのは、近くの障害者グループホーム。仲間との共同生活が待っている。
 なんてん代表の溝口弘さん(61)は言う。「介護する側、される側の線引きでは見えにくいが、高齢者に役割や安心感を与える『ならではの働き』がある。波長も合う」
 介護が必要な高齢者だって障害者。障害者も年を取ったら高齢者−。長年、障害者福祉に取り組んできた溝口さんが描くのは、壁のない「共生」の世の中だ。

「ならではの働き」生かして

左から溝口弘さん、高矢梨夏さん、北村朱理さん
 共生舎なんてんの西村糸枝さん(53)をはじめ、デイサービスなど滋賀県の高齢者ケアの現場では、約三十人の知的障害者が働いている。九年前に始まった県と県社会就労事業振興センターのホームヘルパー三級養成講座が、就労を後押ししている。
 事業のモデルが、なんてん最古参スタッフの一人、山元佳子さん(50)だ。
 「佳ちゃん、寝たらあかんよ」。高齢者と一緒にうとうとする山元さんを別の高齢者が起こす。「考えてんの」と山元さんが笑う。高齢者の肩をたたくのも山元さんの大切な仕事だ。
 山元さんは、なんてん代表の溝口弘さん(61)が、障害者の雇用を目的に経営するメンテナンス会社で働いていた。一緒に働く高齢者にかわいがられる山元さんをみて、「お年寄りにかかわる仕事ができるのでは」と溝口さんは考えた。
 三十年来のつきあいがある県の障害者福祉担当だったP古隆さん(52)が構想を聞き、事業化した。P古さんは「サービスの受け手から担い手への転換。できると思った」と振り返る。
 この滋賀発の試みは全国へ徐々に広がっている。

滋賀発全国へ 就職は難関

デイサービスで手芸を楽しむお年寄り。知的障害者も職員として働く(湖南市・共生舎なんてん)
 ただ就労は容易ではない。ヘルパー講座修了者で、初年度に介護分野で就職できた障害者はいなかった。振興センターの城貴志さん(32)は事業所の大小問わず売り込みに回った。「人と人のふれ合う介護は生産性や効率性だけではかるべきでない」。粘り強く理念を伝え、三十日間の実習で事業所に実感してもらう。実践例も増え、この八年間で修了生全体の三割弱が介護の職に就いている。
 京都市右京区の鳴滝総合支援学校では、職業学科にヘルパーの資格取得講座を設けている。今年の修了生三人のうち二人が四月から市内の特別養護老人ホームで働く。
 高矢梨夏さん(18)は「お世話って何か、どう話そうか悩んだ。でもふれ合っていると楽しい」、北村朱理さん(17)は「お年寄りの笑顔に頑張りが実感できる。わたしも笑顔で働きたい」と意気込む。
 国の制度改正で、四月からへルパー三級では介護報酬が給付されなくなる。滋賀県などは独自資格の認定も視野に入れ、研修の内容を見直す構えだ。
 京都の男性身体障害者(67)は二年前から、介護保険のサービスを受けている。障害者も六十五歳以上になると、障害者自立支援法によるケアでなく、介護保険が適用される。「介護保険は同居者がいると生活援助の介護が受けられないなど、障害者と高齢者の福祉制度の違いには戸惑うことが多い」と男性は話す。
 城さんは訴える。「障害者ならではの働きは地域の住みやすさや、お年寄りが安心できる介護とは何かを見直す作業ではないか」。年老いても、障害があっても支え合う社会は、きっとだれもが暮らしやすい。
(京都新聞朝刊、2009年3月19日掲載)