京都新聞TOP > 政治・社会アーカイブ >命ときめく日に
インデックス

「最期の時」を豊かに 高い専門性、プロの誇り

「重労働・低賃金」本質じゃない
嶋田陽樹さん
 もう何人の最期を見送っただろう。まだ働き始めて六年目だけど、一人一人のお年寄りが、かけがえのない「家族」だった。毎日、全力で最善のケアをしているつもりだ。でも、亡くなられた時、どうしようもない悔しさが必ず胸にこみ上げる。「もっとしてあげられることがあったのに」
 「介護は重労働なのに低賃金で大変だ」。なんて声がマスコミや世間のあちこちから聞こえてくる。
 「確かにそうかもしれないけど、それはこの仕事の本質じゃない」。京都市伏見区の特別養護老人ホーム「同和園」で働く嶋田陽樹さん(26)は思う。「心が通うよう、逃げずに考え抜いて向き合う。一言一句に魂を込め、お年寄りに届けるのが介護士だ」
 プロとして、食事や入浴など身の回りの世話ができるのは当たり前。認知症だったり、体が不自由になって生きる喜びを失いかけている人に、心の奥に入り込んで笑顔を取り戻す手伝いをする。「とても難しいけど、あきらめず模索する専門性を見てほしい」
 嶋田さんがリーダーを務めるユニットでは十二人のお年寄りが暮らす。
 いつもご飯を食べてくれないおばあちゃん。小皿に分けて料理を出すと、平らげてくれた。大きな器の圧迫感が嫌だったみたいだ。
 目を見つめて声をかけると、混乱してしまう人もいる。「幻覚と重なってしまうのかも」。横に立って耳元で話せば落ち着いた。
 うまくいかない時、「なぜ?」をユニットの職員六人で話し合う。答えが見つかって、お年寄りがほほ笑んでくれた瞬間、みんなの最高の喜びになる。
 給料は高くないが、暮らしていける。二年前、同僚だった麻美さん(26)と結婚した。当時の手取りは二十一万円。「能力次第でもっと稼げる所に、と転職が頭をよぎった。でも、これほど自分が打ち込める仕事はほかにない」。妻は結婚後に退職し、自分の稼ぎだけで家計を支える。それでも昨春、大津市に新築の家を三十五年ローンで構えた。
 今はユニットリーダーになり、毎日帰宅が遅い。家に着くと、生後八カ月の長女愛心(まなみ)ちゃんはもう寝顔。残業代が出るから、手取りは約三十万円に増えた。
 介護士を志したのは高校生の時。大好きな祖父が入居していた老人ホームで亡くなった。夜に痰(たん)がのどに絡んだのが原因という。「何で誰も助けられなかった」。やりきれなさが募った。
 「人生の晩年を心豊かに過ごせる人を一人でも増やしたい。最期の時は笑っていてほしい」。この思いが原点。「なくてはならない誇れる仕事。僕は生涯、介護職をやめない」

苦渋、男性の“寿退職”

廣末利弥さん(左)と橋本武也さん
 「結婚指輪を買うお金がない。男としてつらい」
 京都市内の訪問介護事業所に勤める男性(40)=右京区=は同居する彼女との結婚を控え、ホームヘルパーを辞めるつもりだ。
 人手不足で三カ月連続で休みゼロの時があった。それでも月給は最高二十七万円。昇給も見込めない。
 以前勤めた事業所は、さらに激務だった。朝六時から夜八時までに約十二軒を回る。頼まれた介助をこなすと、もう次の訪問時間。「ゆっくりしてって」。話をしたい利用者の思いに応えられない。北区から右京区と持ち場も広い。原付バイクを必死で飛ばした。
 「介護職は好きだ。仲間にも悪いと思う。でも年齢と体調、家族の生計を考えると、今辞めないと…」
 介護業界では男性が結婚を機に辞める「寿退職」が珍しくない。介護労働安定センターの統計では、介護職員全体に占める男性の割合は約二割。その半分以上は三十五歳以下で、定着しにくい実態をうかがわせる。

ケア充実へ職員待遇改善を

介護職の仕事は奥が深い。話題や表情、しぐさなど全部から、「心の声」を感じる(京都市伏見区・同和園)
 京都市北区の社会保険労務士の男性(84)は午後六時に帰宅し、七時ごろデイサービスから帰る認知症の妻を迎えていた。しかし昨年末、午後四時以降のサービスを打ち切られた。妻が一人になる時間ができてしまうため、ケアマネジャーにホームヘルパーの派遣を再三頼んでいるが、いつも答えは同じ。「訪問介護事業所に夕方以降の人手がないんです」
 昼間のヘルパーを中心的に担っているのは非常勤の主婦層。家事のため早く帰る人が多く、利用者側が頼りたい夕方から夜の時間は「空白」になりがちだ。
 二十四時間体制での在宅介護の支援を掲げる「在宅ケアセンター新大宮」(京都市北区)は、需要の多い夕方と夜間のヘルパー派遣に応えるため、全職員の半数を常勤で雇う。
 「今の訪問事業の介護報酬の低さでは、常勤を増やせば、赤字になる。夕方以降に手薄な事業所が多いのは構造的な問題だ」。新大宮を運営する社会福祉法人理事長の廣末利弥さん(62)は指摘する。「今の介護保険は結局、働く現役世代や老老介護による家庭の力に頼っている」
 厳しい経営の一方、介護を必要とし、質の高いケアを待ち望む人が大勢いる。職員の生活を守りつつ、どうサービスを提供するか。
 「赤字続きだが、人を減らして利益を生むより、必要な人材確保と職員の給与に最大限を充てている」。特養ホーム「同和園」(伏見区)園長の橋本武也さん(48)は力説する。「現場の職員が真っ先に望んでいるのは自分たちの待遇改善ではない。専門職として、利用者の前向きに生きる意欲と力を引き出せる福祉環境の実現だ。そのために介護報酬の底上げを求めている気持ちを、多くの人に分かってもらいたい」
(京都新聞朝刊、2009年3月20日掲載)