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介護の現場 読者に高い関心

しんどさ共感 笑顔に勇気
寝たきりの妻をマッサージする夫の小杉辰治さん(野洲市)=連載第3回から
 「他人事ではありません」。京都市のKさん(52)は書かれています。三年前、母親(78)の骨折で東京での仕事を辞める「介護離職」を体験。さらに父親が認知症になり、寝たきりの母親と合わせて「正直、地獄」という在宅介護を続けておられます。「お金がないと介護を受けられない。お金があっても必要な介護を受けられない。何のため、だれのための介護保険、年金、生活保護の制度なのか」。怒りと悲しみが文面からにじみます。
 京都市北区のIさん(73)は、認知症の夫(74)を在宅介護する日々。徘徊(はいかい)が続き、夜中に三回は失禁でぬれた下着を取り換える。日中は夫がデイサービスに通っている間、パート勤務。階段を踏み外して足を痛めたため、ショートステイを頼んだが、まったく空きはない。「ちぎれそうな思いです」
 ほかにも介護の厳しい現実を語られる手紙や電話を受けました。
 小規模多機能施設の記事(第二回)には、「認認介護の実情を知りました。それでも二人で家で暮らせるのは希望です。地域で支え合いの世の中にしなければ」と京都市の小学校教諭Tさん(55)。大津市の主婦(56)は「お年寄りが増えるのに、病院や老人ホームに入れて終わりでは福祉といえない。家で暮らせるように、こんな施設が増えれば安心できる」
 野洲市のSさんは、妻の介護をするために退職し、還暦直前にヘルパーになった芦田さん(第一回)や、妻の在宅介護を断念せざるを得なかった小杉さん(第三回)に触れ、「記事の中の素晴らしい笑顔、自分には何ができるのかと現実に向き合っている姿に勇気をもらった」と寄せていただきました。
 山科区の男性(69)は妻の在宅介護を断念した経験から、「(小杉さんに)すごく共感した。在宅介護の推進と簡単にいい、家で介護できないといけないように成功事例ばかりでるが、現実には本当にしんどい」
 ケアマネジャーを取り上げた第六回に、「ケアマネさんが変わるだけで、介護が変わった」(草津市の六十一歳Kさん)などの体験が綴(つづ)られていました。第五回の介護士について、近江八幡市の訪問介護事業所の女性所長(49)は「まさに私と同じ思い。この仕事は人としての成長や気付きを与えてくれる魅力ある仕事と、胸を張っていわせていただきます」
 一方、取り上げた介護士の給与に、介護職の男性(46)から一部施設の高給な例ではないかと指摘されました。妻と子ども一人を抱えるこの男性は、手取り月額十八万円。「定期昇給なんて言葉もない」。また、フィリピンやインドネシアからの介護士や看護師について書いた第一回に対し、山科区のOさんから「アジアからの介護者の前に、介護士や看護師の待遇を改善すべき」との訴えです。
 アジアからの介護士や看護師については、「誰が介護を担うのか」という問題意識で取り上げました。人口減少と同時にすすむ高齢化の中で、介護の担い手の絶対量が足りなくなる。高齢者や外国からの専門職は重要な選択肢として、位置付けるべきではないか。
 それと、待遇の問題は分けました。介護保険の創設に始まる「介護産業」の若さを考慮しても、給与が低すぎるのは間違いありません。ただ、関係団体の調査をみても、事業所で格差がある実態も出ています。事業者側も足並みをそろえ、介護報酬の中で給与費基準を明示するなどの取り組みが必要かもしれません。
 財政ありきの介護制度の見直しが続いています。必要な給付に、支える介護技術、それに見合った報酬を先にした議論から、負担を含めた制度の再構築が迫られていると感じています。(命ときめく日に取材班)
(京都新聞朝刊、2009年3月30日掲載)