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誤診に深い痛手

患者と医師の懸け橋に
藤井香さん(右)と樫原良さん(左上)、長尾能雅さん
 亡くなる直前、十七歳の藤井沙織さんが病床で笑っている。その写真のそばには沙織さんが大好きだったカボチャと、大粒の真っ赤なイチゴが並ぶ。
 九年前、京都大病院(京都市左京区)に入院中の沙織さんは、看護師が人工呼吸器に精製水と誤って消毒用エタノールを注入したために中毒死した。看護師は起訴されたが、主治医は不起訴。沙織さんの両親は「本当のことが知りたい」と刑事、民事で七年間の医療訴訟に臨んだ。
 焦点は主治医が誤注入を知りながら、死亡診断書に記さず、説明もしなかったことだ。公判で医師は死因を別の感染症と考えたと主張。司法は看護師や病院の責任を認めたが、両親が訴えた「医師の説明義務違反、事故隠し」は退けた。
 「今も納得がいかない」。京都市左京区の沙織さんの仏前で母の藤井香さん(52)=写真右=は悔しさを隠さない。「本来、医療に司法は必要ないと思う。すべて隠さずに説明し、非を認めて謝罪してくれれば受け入れるつもりでした。責任逃れ、事故隠しとしか思えないことが続き、不信が募った。医療者にも患者にも不幸なことです」
 香さんは昨年十一月、最高裁の上告棄却を受けて開いた支援者らへの報告集会で、会の名称を「安全と信頼の医療を考える会」と変え、活動を続けていくことを宣言した。行政や医療者に、患者との診療情報の共有化などを訴えかけたい。それが「沙織からもらった宿題だと思っている」

信頼構築へ病院に声伝えよう

 「あれ、もう流れちゃってるかな」。産婦人科医の言葉に、時間が止まった。京都市内の主婦マミさん(36)が妊娠中だった四年前、自宅近くの医院で検査画像を見ながら言われた。
 自宅に戻ったマミさんはつらくて半日泣き続けた。どうしても信じられず、別の病院に行った。小さな命は生きていた。「流産」は誤診だったのだ。  医師の言葉の重みや、セカンドオピニオンの大切さを知ってほしいと、マミさんは一連の経過をインターネットのブログに書いた。
 男の子が無事生まれ、二歳に成長した昨春、誤診をした医院から「ブログの内容は名誉棄損になる可能性がある」と突然、連絡があった。「誤診の原因の十分な説明もなく、不誠実すぎる」
 マミさんは、市民団体「患者の権利オンブズマン関西」の京都相談室に駆け込んだ。ボランティアで活動するのは病院職員や看護師、弁護士など。その一人、樫原良さん(58)=写真左上=がみんなに語りかけた。「マミさんの声を相手にしっかり伝えましょう。より良い病院になるチャンスにしてほしいから」

ミス隠す体質 内側から改革

市民の声をより良い医療につなげたい。弁護士、看護師、医療事務者などオンブズマンが耳を傾ける(京都市山科区)
 「苦情から学ぶ医療」を掲げる「患者の権利オンブズマン」は一九九九年、福岡県で活動を始め、全国に広まりつつある。「京都相談室」は二〇〇五年五月に立ち上がった。患者が医療者側にうまく不満を伝えられない時、話を聞いて支援を考える。感情をあおることも、伝えるのをあきらめさせることもしない。
 「相談の大半は、患者と医療者側の意思疎通がうまくいけば解決する問題。私たち中立な第三者が入ることで、良いコミュニケーションのとり方を患者にも医療者にも学んでほしい。それが日本の医療を良くすることにつながるはず」とメンバーの樫原良さん(58)。
 樫原さんの本職は、京都市内の総合病院の事務次長だ。「相談室に訪れる人が本音で話す医療への苦情は、現場の感覚を肌で知れる最高の教訓」。自分の日々の仕事にも生かす。
 流産と誤診された京都市のマミさん(36)は約一年、相談を重ねている。オンブズマン活動の一つで、医療者と患者が話し合えるよう仲介する「同行支援」も提案したが、医院に拒まれた。マミさんは一人の母親としてただ願うだけだ。「自分はもう行かないけど、今も多くの人が使っている地域の大切な産婦人科医院。また同じような思いをする人をなくすためにも、声に耳を傾けてほしい」

情報を共有 医療透明に

 「ミスか、そうでないかは関係ない。予定外の事例は必ず報告して下さい」
 京都大病院・医療安全管理室長の長尾能雅さん(39)は四年前の着任以来、何度も繰り返してきた。報告は安全管理室に毎日三十件前後届き、長尾さんがすべてに目を通す。
 内容は薬を出す時間の遅れから、重大な障害や命にかかわる医療事故まで幅広い。なぜ起きたか、未然に防ぐには体制や意識をどう変えるか。「個人で抱えず、病院として問題を共有する。まず報告がなければ、診療科を横断した総合力のベストは尽くせない」
 安全管理室はエタノールの誤注入で亡くなった藤井沙織さんの事故後、設けられた。室長の長尾さんは群馬大出身の内科医。臨床現場で長年働き、外部の目から京大の診療現場を見てほしいと招かれた。報告件数は着任前の年間約二千五百件から、〇八年度には七千件を超えたが、「実際はもっとあるはず。報告はまだまだ増えていい」。人間のやることに完璧(かんぺき)はない。
 今年一月、京都大病院に気道切開手術に備えて入院していた患者が医療ミスで亡くなった。看護師が呼吸モニターのアラームを一時的に切り、呼吸不全に気づかなかった。亡くなった日に安全管理室に報告があり、病院は遺族に謝罪した。防げたミスが悔やまれた。
 大学病院という巨大組織。長尾さんの学内ポストは助教だが、教授であろうと言うべきは言う。「患者と医療者が信頼の中で病と向き合うチームになれなければ、医療の成熟はない」
【患者と医療者】
 近年の年間医療訴訟数は1000件前後で、15年前と比べ3倍近く増えている。訴訟や、訴訟に至らない医療ミスに遭った患者が直面するのが医療の密室性だ。消費者運動から患者の権利意識が高まった欧米に比べ、日本の医療は長年、「医師の聖域」だったといわれる。
 ようやくカルテ開示などは進んできたが、「苦情を言う患者をモンスターと呼ぶなど、患者のための医療という意識はまだ根付いていない」と多くの患者団体は指摘している。
 厚労省は医療事故が起きた時に調査する第三者機関を設ける方針だが、医師の裁量の大きさなど課題は多い。医療者が治療実績やミスなどを客観的に公表する仕組み、患者に十分な説明と治療の選択肢を示す臨床教育・研修が足りない。ともに「医療をつくる」という患者の意識も問われている。

(京都新聞朝刊、2009年4月24日掲載)