京都新聞TOP > 政治・社会アーカイブ >命ときめく日に
インデックス

コウちゃん、おうちへ

お兄ちゃんは大学生活
千羽鶴や医療器具が並ぶ自宅に、芝崎晃次君は1年ぶりに帰った。兄姉も含め、もうすぐ家族5人で暮らせる(6月3日、京都市中京区)
 車いすの少年が乗った乗用車がマンションに入った。運転席のお父さんはちょっと緊張気味だ。お母さんが話しかける。「久しぶりやなぁ。おうちに帰ってきたで」。エレベーター前で近所の女性とばったり。「コウちゃん、お帰り!」
 連載の第1部「病から始まった」の第1話(昨年11月17日朝刊)で、がんと闘う2人の少年を取材した。みんなから「コウちゃん」と呼ばれる芝崎晃次(こうじ)君(9)と、彼が「お兄ちゃん」と慕う谷本光伸(みつのぶ)さん(19)。たくさんの読者から共感と励ましの声が届いた。2人のそれからを追った。
 薄曇りの空に初夏の明るさが広がる6月3日。リハビリを兼ねた一時外出で、コウちゃんは京都大付属病院(京都市左京区)から中京区の自宅へ、1年ぶりに戻った。入院するたびに、「おうちに帰りたい」と言っていた大好きな場所だ。
 この日のために、和室をフローリングに改築した。ベッドに横たわる。動けず、話せないが、落ち着いた表情と時折浮かべる笑みから、コウちゃんの喜びが読み取れる。意識ははっきりしている。
 部屋には、コウちゃんが1年前に入院する直前、願い事をつづった七夕の短冊などが大切にしまってある。病状が少しずつ悪化する中だった。「魚つりができるように」「歩けるようにしてください」「くすりがなくなりますように」「たすけてください こうじより」

病室の外へ動き出した二つの夢

1年前、入院前のコウちゃんは七夕の短冊に願いを込めた 「いろんなひとがすやすやぼくもすやすやきもちよくなれるようにしてください」(晃次君の手書き)
 前回の取材が終わってから半年間、コウちゃんは車いすの散歩などで体を徐々に慣らす訓練をしてきた。自宅で暮らすために乗り越えなければならない幾つもの壁。父の真一さん(47)と母の直子さん(46)は、一つの手術を受け入れるかどうか、悩み続けていた。
 のみ込む力が弱まっているコウちゃんは、だ液が気管に誤って入り肺炎を引き起こす不安があった。医療処置が限られる自宅での生活を見据え、気管を食道から切り離し人工呼吸器に直結する手術を、医師から提案された。それはすなわち、声を失うことを意味する。
 ちょうど1年前、病状が急変し集中治療室に運ばれた日。コウちゃんは前夜から一晩中、嘔吐(おうと)を繰り返し、「しんどい、しんどい」と眠れずにいた。そばで直子さんはずっと背中をさすった。この日の朝の出来事とそれからの苦悩について、ある日、直子さんから記者のもとにメールが届いた。取材では口に出せなかった思いが記されていた。
 「最後にしゃべったのが、『ママ夜中ずっと寝れなくてごめんな』だったんです。最後が『ごめんな』だったのが今でもつらくて。もう一度、晃次の楽しい声を聞きたいなって、ずっと思ってます。手術すると、二度と晃次の声が聞けなくなるのかと思い、とてもつらく悲しい」
 夫婦の逡巡(しゅんじゅん)が続いた今春、医師から新たな提案があった。「声は出ないが声帯を残す手法がある。中には回復手術を受けて声が戻った例も世界で数例ある」。簡単な手術ではない。
 4月。病院の近くの桜並木を、車いすのコウちゃんとお母さんが歩いていた。花のほのかな香りがそよ風に乗って、優しくほおをなでる。春の光と躍動が母と子を包み込む。
 数日後、声帯を残して気管を食道から切り離す手術に、コウちゃんは臨んだ。

手術乗り越え、退院へ訓練

4月から新しい大学生活が始まった。保育科目の授業で谷本さん(中央)は友達と教科書を広げ、議論を交わす(6月9日、兵庫県赤穂市・関西福祉大)
 のどの手術は成功だった。声は出せないが、芝崎晃次君(9)の声帯は残った。
 京都大付属病院の同じ小児科病棟に入院する子どもが、ふらりとコウちゃんの部屋にやって来た。天井をぼんやり見つめるコウちゃんにひと言。「布団が吹っ飛んだ」
 すると、これまで見せたことがなかった笑顔。「コウちゃんが笑った」。ほかの子どもたちも次々とやってきて、駄じゃれを連発する。ナースステーションに、子どもたちが作った募集箱「駄じゃれBOX」が設置された。
 6月に入り、コウちゃんの外出訓練は順調に進んでいる。3日の自宅滞在は3時間だったが、徐々に時間を伸ばし、7月ごろには退院できる予定だ。
 自宅での医療的処置や介護などは、母の直子さん(46)が主に担うことになる。人工呼吸器の管が付くのど元は、たんの吸引が欠かせない。定期的な体位交換に、チューブを使った流動食。
 障害者自立支援法で1日2、3時間、ヘルパーに来てもらえるが、着替えや体ふきなどの介護が中心で、医療行為の大半はできないという。万が一に備え、心拍数などが変化すると警報音が鳴るモニターを自宅ベッドのそばに置く予定だ。
 まだまだ手探り。だけど、コウちゃんに兄や姉も含め、5人で一緒に家で暮らす姿がはっきりと見えてきた。

勉強にバイト 確かな道歩む

 コウちゃんが病棟で「お兄ちゃん」と慕っていた谷本光伸さん(19)=兵庫県姫路市=は3度の手術や抗がん剤治療を乗り越え、昨年12月に退院した。4月から関西福祉大(兵庫県赤穂市)に通い、「子ども福祉」を専攻している。
 キャンパスを訪ねた。
 「あ、こんにちは」。声のする方を向くと青年が立っていた。一瞬、誰か分からない。やっぱり、お兄ちゃん。治療で抜け落ちていた髪がすっかり伸び、肌も日焼けしている。どう見ても普通の大学生だ。治療で1年休学した分を取り戻そうと、毎日朝から夕方まで講義を詰めているという。
 「テニスサークルのほかに、児童福祉研究サークルをかけ持ちしてます。小学校や幼稚園に行って交流したり。ピアノのレッスンと、駅前でバイトも始めて、ほんとに忙しいです」。半年前より自信に満ちて、生き生きとみえる。病棟で子どもとふれあう中で、より思いを強めた幼児教育の道を、確かに歩み始めたからに違いない。
 再発のリスクを抱える。退院後も、2、3カ月ごとに京大病院で検査を受けている。その後は、必ずコウちゃんの部屋に寄る。お兄ちゃんが駄じゃれを言うと、コウちゃんはいつもよりたくさん笑う。やはり、お兄ちゃんの駄じゃれが一番ウケるのだ。
 「退院したらおうちに遊びに行くから」。お兄ちゃんはコウちゃんとしっかり約束している。
 子どもたちが心を通わせた命の場所から、お兄ちゃんとコウちゃんの夢が静かに羽ばたく。
 どんな闇の中でも一人ではない。手を伸ばしたら、触れるだろう。歩みをやめなければ、会えるだろう。きょう支えられた人も、あしたはだれかの支えになるかもしれない。わたしも、あなたもこの世に一人、かけがえのない存在。めぐり会えた限り、その手を離さない。命ときめく日に。連載最終章の第5部は悲しみと再生の物語です。
 第1部・第1話のあらすじ
 明るくて活発な男の子、コウちゃん。3歳前に脳腫瘍が見つかった。腫瘍を取り除く手術を受けたがすべて切除できなかった。徐々に進行する病と闘いながら、保育園、小学校に通った。運動会や遠足なども元気に参加した。しかし、小学3年だった昨年6月、脳梗塞と低酸素状態などで一時危篤に陥り、緊急入院した。自分で体を動かすことも話すこともできなくなった。わずかに動く表情がコウちゃんの思いを伝える。退院を目標に、秋から訓練を始めた。
 同じ小児科病棟には、子どもたちが「お兄ちゃん」と慕う谷本光伸さんが、小児がんの一つ「ユーイング肉腫」の治療に耐えていた。高校3年で発病、幼児教育にかかわる仕事を将来の夢として大学も決まっていたが、1年間休学し、苦しい闘病生活を送っていた。お兄ちゃんは毎日、コウちゃんの病室に訪れ、一緒にテレビを見たり、おもちゃやぬいぐるみを手に話しかけたりして、励ました。コウちゃんの頑張る姿にお兄ちゃんも励まされた。

(京都新聞朝刊、2009年6月16日掲載)