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車いす同士の結婚

地域との溝埋めて28年
闇夜にともるホタルの光。岩本さん夫妻はいとおしそうに、手のひらに乗った小さな命を見つめた(宇治市・万福寺)
 夕闇の中にホタルの光がともる。電動車いすの夫婦の前を、明滅しながら舞う。「おーい、こっちにおいで」。妻が誘う。ひと筋、その後を追うようにまたひと筋。
 「お父さんとお母さんみたいやな」。そばにいるヘルパーがささやくと、2人は少し照れくさそうにほほ笑んだ。
 6月7日、宇治市の万福寺で開かれたホタルの放生会(ほうじょうえ)。岩本正一さん(68)、永子さん(74)夫妻=京都市西京区=が眺めている。
 2人はともに、幼いころの脳性まひで重度の身体障害がある。1982年の結婚から28年目。手足が不自由で言葉もはっきりと話せないが、車いすのレバーは自在に操れる。好きなところにそろって出かけるのは、大切な楽しみだ。
 出会いは、2人がよく通っていた京都市南区の身体障害者福祉会館。フラワーアートを作っていた輪の中で、正一さんが6歳年上の永子さんに、思い切って話しかけた。
 初めは恐る恐るの会話。言葉がうまく通じず、お互い紙に書いて意思を確かめる。いつの間にか気持ちが通い合い、ご飯を食べる時も作業をする時も、一緒にいるようになった。
 当時、2人とも親と同居していたが、もう高齢だった。この先、自分一人だけになったら…。施設で暮らす自分の姿は想像できない。「2人で助け合って、自立を目指そう」。困難でも強く生きる決意をともにした。

体も心も悲鳴「死にたい」

岩本さん夫妻。2人で暮らして28年。つらい時も楽しい時も一緒に寄り添ってきた(京都市西京区)
 京都市西京区の重度身体障害者、岩本正一さん(68)は結婚してすぐ、市内の授産所で働き始めた。
 ひと月1万円の給料。わずかな障害者年金に加え、少しでも新婚生活の足しにしようと毎日通った。車いすでバスに乗れない時代、懸命に松葉づえをついての通勤。片道だけで2時間かかる。同じく重度身体障害の妻永子さん(74)は朝4時に起きて弁当を作り、夫を見送った。
 数年後、正一さんの体が悲鳴を上げた。首の骨がずれ、神経を痛めていた。人工骨に入れ替える大手術を受けた。授産所では、言葉が不自由なため同僚とうまく会話ができない。折から実母の死去も重なる。
 ある日、永子さんが授産所から呼び出された。お菓子を袋詰めする流れ作業。暗い部屋の隅っこでぽつんと座る正一さんが言った。「やめたい」  当時を永子さんが振り返る。「本当に落ち込んでいて、『死ぬ』と言って、道路を走るバスの前に車いすで飛び出したの。運転手はびっくりして急ブレーキ。『あの世でお母さんが喜んでくれるように、自分であんじょうしぃ』って言い聞かす毎日でした」
 今、正一さんは永子さんと一緒に南区の共同作業所「ワークス」で働いている。13年前の設立当初からになる。体は不自由でも、パソコンを使えればできる仕事をこなす。「ずっとここで働き続けたい」。2人の共通した思いだ。
 職場を訪ねた。
 正一さんはTシャツや名刺などの印刷、永子さんはホームページの挿絵デザインを担当している。
 作業をしながら永子さんが言う。「お墓もバリアフリーにせなあかんな」。すかさず仲間からのツッコミ。「インターネットの中に作ったら簡単に行けるで」。作業所に笑いが広がる。
 仕事の手を休め、2人が懐かしそうに思い出話を聞かせてくれる。
 結婚してよかったことは?「いや、結婚してガタ落ちや」と冗談で返す正一さん。「お父ちゃんは、もう」と永子さん。
 何度か通ううち、永子さんが胸に秘めた出来事を打ち明けてくれた。「結婚4カ月でおなかに赤ちゃんができたの。私もお父ちゃんも喜んでね。子ども大好きやし」。うれしそうに話していた永子さんの表情が、さっと曇る。「絶対産みたかった。でも、いろいろあってね…。結局はあきらめた。もし時代が今だったら、問題なく産めてたと思う」。そばで正一さんは黙ってうなずき、目にうっすらと涙を浮かべていた。

目標「稼いだお金で夫婦旅行」

 昨秋、永子さんは足の炎症で3カ月入院した。正一さんは寂しさのあまり、永子さんの入院先に車いすで1時間半かけて会いに行った。周囲は驚くやら、あきれるやら。
 「これまで一緒に生きてきた。これからだって、ずっと」。喜びも苦しみもあるけれど、何ものにも替え難い2人だけの暮らし。好きなもの食べて、好きなこと話して。多くの人の支えで当たり前のことができる。1日500円の給料を貯金し、旅行に行くのが今の目標だ。
 作業所での昼下がり、おやつにたい焼きが出た。2人で1つを半分こ。「わたし頭の方を食べる」と妻。横の夫はヘルパーに食べさせてもらったが、のどに詰まらせてむせた。
 「大丈夫かぁー、お父ちゃん」
=第6話は岩本さん夫妻の自宅での暮らしです

(京都新聞朝刊、2009年6月20日掲載)