京都新聞TOP > 政治・社会アーカイブ >また働きたい
インデックス

(1)できない自分 認める勇気を

激務でうつ、退職…支援者に転身
精神的な不調に悩む働く人たちの集会で、ストレスへの対処法を語る大槻さん。「プラス思考を思い浮かべて、一歩前へ」。言葉に実感がこもる(京都市中京区)

 職場からゆとりが消え、働く人が精神的に追い込まれている。連載「また働きたい−職場のメンタルヘルス」の第一部「まさか、私が」は重圧、過労から休職や退職を余儀なくされた当事者と家族の声に耳を傾けた。

 電気が消され、真っ暗になった休息時間もパソコンに向かった。昼食を同僚と食べることさえ、無駄に思えた。残業時間は、多い月は百四十時間。厚生労働省が定める月八十−百時間の「過労死ライン」をゆうに超えた。

 二〇〇五年、向日市の大槻久美子さん(40)は、あるメーカーの子会社を辞めた。「生きて朝を迎えたい」。そこまで追いつめられていたからだ。

女性初の役職 仕事にまい進

 社会人として、最初の職場で技術者として力を付けていた一九九九年、男女雇用機会均等法などの改正で、深夜勤務の大幅制限など女子保護規定が撤廃された。「男女の差はない見本を示す」。勤務先で女性で初の役職に就き、仕事に突き進んだ。

 実績を積み、希望に燃えた転職先では激務が待っていた。競合企業と同性能の製品を小型化し、価格は半額以下に落とすのが至上命題。「無理でも何でも形にしろ」。上司に要求されると、「達成できないのは自分のせいだ」と言い聞かせた。

 日付が変わるまでに会社を出るのが目標だった。資料を読み、ようやく眠りにつくのが午前三時。夢に妙案が浮かぶと、飛び起きてメモした。徹夜、休日出勤もかさんだ。

 不眠にだるさ、めまいに耳鳴り、吐き気。体に変調が現れた。体重が八キロ減った。もの忘れがひどくなり、通勤時、自転車で何度も転倒してしまう。見かねた母親らの勧めで心療内科を訪れた。精神疾患の一種の「身体表現性障害」と診断されて休職した。

残業は月100時間 不眠とパニック

 会社からは復職を促すメールが届く。「自分の席がなくなる」との焦りもあって一カ月で職場に戻ると、途端に大きなプロジェクトが舞い込んだ。残業は、再び月百時間に達した。

 その渦中、上司が自殺した。直前、電話を受けていた。「頼むわな」と。自責と不安。再び眠れなくなった。社内で高熱を出し、病院でパニック症状を起こした。話し合いの末に退職を申し出ると、逆に厳しい言葉を浴びせられた。症状は悪化した。うつ病と診断され、職場を去った。

 一連の心身の疾患が業務による労災だったと証明したくて、うつろな頭で労働基準監督署に通った。亡き上司の家族に会い、紹介された社会保険労務士にカウンセラーの道を勧められた。労基署からの事情聴取が続く中、自分を振り返ることができた。「まあ、いいっか。できなくても」。そう気付くと楽になった。〇六年春、労災と認定された。

 産業カウンセラーとなり、かつての自分と同じ休職者を支援する立場になった。心理相談に乗り、練り上げた復職プランを職場に提案したり、企業が行うメンタルヘルス対策にも協力する。

 仕事に追いまくられる人たちの心の叫びに耳を澄ますと、「働きがいを感じるために必要な『心の体力』が奪われていく」姿が浮かぶ。

 過剰に完ぺきを求めたり、考え過ぎたり…。立ち止まってしまった人たちの背中をそっと押してみる。「たまには七十点でいいやん。常に百点じゃなくても」−。できない自分を認める勇気を持ってほしい、と願って。

メモ

メンタルヘルス、労災などの相談に応じてくれる主な民間組織
京都労災職業病対策連絡会議(京都市中京区)TEL075(803)2004。ino−ken@topaz.ocn.ne.jp
NPO法人「働く者のメンタルヘルス相談室」(大阪市北区)TEL06(6242)8596。sodan@mhl.or.jp

【2008年10月12日掲載】