京都新聞TOP > 政治・社会アーカイブ >また働きたい
インデックス

(6・完)ばりばり働けた日々 脳裏に

自ら降格願い 復職果たしても不安
残業時間がかさむ勤務表に目をやり、「ボロボロになる前に決断する」と漏らすスーパー勤務の男性。症状の悪化を見越し、転職を含めてさまざまなケースを想定しているという

 かつては「係長」と呼ばれていたが、今は「−さん」。京都府内の自治体職員(43)はうつで休職後、「降格願い」を出し、役職なしの立場で働いている。

 二十−三十代は仕事に追いまくられた。土曜出勤は当たり前。上司の信頼が厚く、昇進は早かった。組織改編で部下が減った半面、業務は拡大した。求められる成果は年々増え続けたが、それに応える充実感もあった。

 三十代半ばに過労で入院した。それが兆候だった。翌年、うつの診断が出た。二カ月休み、復職後はさまざまな部署を転々としたが体調はすぐれず、四年目に休職に追い込まれた。

 制度上、いつまでも休めない。無理なく働き続ける方法を探り、主治医や人事担当者と相談したうえで、降格願い提出を選んだ。

 幸い、上司や同僚の理解はあるが、「かつてのような時期は二度と訪れないだろう」とばりばり働けた日々が脳裏に浮かぶ。「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」と、自分を納得させている。

支援体制 大半が手探り

 復職の難しさは、京都新聞社の事業所アンケートでも浮かび上がった。休職して復職したが、再び休職した人のいる職場が八割を超えた。そのうち、職場としてのメンタルケアは「機能しているか分からない」47%、「十分でない」40%など大半が手探り状態だ。

 「支援体制を職場で整えるのは困難」「社内で対応する組織が確立していない」といった声も聞かれた。

 中堅スーパーで働く男性(43)はうつで二年間休職し、京都市内の実家で療養した。

 昨年末の復職後、管理職を降りた。当初は店長や同僚にうながされて定時に帰宅していたが、残業を控えるよう求める医師の診断書は次第になし崩しになり、以前の仕事量に戻ってきた。うつ再発におびえる毎日だ。

 「店を支えている」自負があったが、休職で「自分がいなくても営業できる」と気付いた。出世や評価重視の考えから自由になれた気がしていたが…。今夏、父親の危篤の際は結局、仕事を片づけて実家に駆けつけた。

 死に目には間に合わなかった。「何ですぐに帰らなかったのか」と自分に戸惑い、責任を一人で抱え込んでいたころを思い出した。

正社員半減 経営も厳しく

 勤務先の経営は厳しい。店の正社員はリストラで十一人から四人に減った。さらに人件費の三割削減が打ち出され、今後も仕事量が増すのは確実だ。

 「会社に尽くしてきたが、この状態でもうメンタルケアは期待できない」。症状がぶり返せば、別の職を探すことも覚悟している。

 うつと向き合いながら働く人たちの背景に、厳しさを増す一方の職場環境がある。先行き不透明な不況、人員削減、長時間残業…。やりがいと安心感を持って働くにはどうしたらいいのか。職場のあり方を考え直していきたい。

メモ

事業主や企業のメンタルヘルス担当者の主な相談先
京都工場保健会・御池保健センター(京都市中京区)TEL075(211)0040
京都産業保健推進センター(中京区)TEL(212)2600
滋賀産業保健推進センター(大津市)TEL077(510)0770

【2008年11月16日掲載】