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(3)進路は…不安と期待

音を越える
聾学校幼稚部で使ったカードを前に、福田さん親子が言葉を交わす。「よくがんばったね」(木津川市)
 「学校楽しいか」。福田全克さん(四四)=木津川市=が、日本語字幕付きのテレビのクイズ番組を見ていた結子ちゃん(八つ)に尋ねた。「楽しいよ。理科がおもしろい」。重い難聴の結子ちゃんは地元の小学校の三年生だ。「毎日、聞くんです」と福田さんが教えてくれた。勉強しんどくないか。友だちと仲良く遊べているか。不安がある。
 結子ちゃんは、マイクを付けた先生の声を電波で受信するFM補聴器を使って授業を受ける。週一回、府立聾(ろう)学校(京都市右京区)の先生の来校指導や相談もある。
 難聴は二歳で分かり、聾学校幼稚部に通った。皿のきな粉を舌でなめる。ティッシュに息を吹きかける。舌の動かし方や発声から学んだ。
 母の真海子さん(三九)は「とにかく必死だった」。母子は毎日向かい合い、一つ一つ言葉を覚えた。場面や物が描かれた絵カードを使う。「どうなる。どうなっている。どうなった」。複雑な動詞の語尾変化も訓練した。結子ちゃんに手をあげたこともある。卒業時、カードは段ボール箱二箱分、四千枚ほどになっていた。
 五歳。どの学校に入学させるか。聾学校は一人で通うには遠く、「支援は充実しているだろうけど、社会に出る時の不安がある」。京都市と奈良市の難聴学級のある小学校も考えたが、引っ越す必要がある。手話を基に日本語習得の教育を行う奈良県立聾学校の情報も聞いた。地元の小学校は難聴学級がなく、難聴者の仲間がいない。
 悩んだ末、出した答えは近くの小学校だった。福田さんは「しんどくなったら、いつでも学校を変わる心づもりはある」と打ち明けた。
 「難聴の友達もいて、耳の聞こえる人とたくさん会って視野を広げたかった」。重い難聴の宮田和紗さん(一七)=南区=は高校を選んだ理由を説明してくれた。難聴の生徒への支援が充実した山城高(北区)の二年生だ。
 難聴の同級生は四人で、クラスでは一人。特別に学級はないが、授業で先生はゆっくり、大き目の声でしゃべる。集中して先生の口を見て言葉を読み取るが、分からないこともあり、休み時間に職員室へ聞きに行く。「友達と話す時間が少なくなるから少し悔しい」
 聾学校幼稚部を出て、難聴学級がある九条弘道小(南区)と二条中(上京区)に通った。雑音が聞こえないように防音設備があったり、手話を使った授業があった。体育や文化祭は普通学級の生徒と一緒だ。高校では、聞こえる生徒たちとの交流がさらに進む。
 所属するボート部では、部員がスタートや練習メニューを知らせる手のサインを考えてくれた。手話ができる友達と授業で手話発表もするつもりだ。「壁を感じることもあるけど、難聴を理解してもらい、友達もできてきた。この学校に進んで、よかったと思う」

手話=選択

【メモ】京都府内の教育機関は、幼稚部から高等部を備えた府立聾学校と、小学部までの舞鶴分校(舞鶴市)がある。補聴器を活用したり、発声方法を表す手のサインなどを使って発音して音韻を覚え、言葉を身に付ける「聴覚口話法」により教育している。手話は補助的手段としている。一方、手話を第一言語として日本語の読み書きも学ぶフリースクールが東京にある。京都市立の小学校2校と中学校1校には難聴学級がある。府内の小中学校には、週に数回通い、学習内容の補助や心理的ケアなどが受けられる教室もある。

【2007年8月9日掲載】