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(4)つなぐ手段 学ぶ日々

音を越える
発言者の言葉を文字と手話で伝える。情報保障には、要約筆記と手話通訳が欠かせない(京都市中京区・市聴覚言語障害センター)
 京都市内で活動する要約筆記サークル「かたつむり」の学習会で、要約筆記を体験した。
 十人ほどの話し合いを聞きながら内容をまとめようとするが、発言が間髪入れずに続く。細切れになる文章を、隣の中途失聴の女性が見つめる。すべての発言を書こうとすると、とても追いつかない。女性から何度も「大丈夫」と励まされたが、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 要約筆記は、難聴や中途失聴者に対し、話をその場で文字にして提供する方法だ。「手話」は(手)、「難聴」は(ナ)などと独特の略号も使う。手話の習得が難しい高齢者や、講義を受ける大学生なども利用する。速記とは違い、読みやすく内容を正確にまとめる力が必要になる。
 介護職員の熊沢智子さん(四七)=右京区=は七年前、五十二時間の訓練を受け、現在は要約筆記奉仕員として活動している。「書いたことが利用者にとっては発言のすべてになり責任は重い。要点だけ分かればいい人がいる半面、脱線した話も知りたい人もいる」と話す。
 熊沢さんの父は晩年、難聴になり、好きだった外出が減った。行き違いでつらく当たっていたのではないか。筆記でもっと会話していれば、父の笑顔が増えたのではないか。そんな思いが活動の原動力だ。「要約筆記はまだ認知度が低い。話が聞き取れないことで閉じこもることがないように広めたい」
 ろうあ者から手話を学び、ろうあ者の生活を支えているのが日本で最も古い手話サークル「みみずく」だ。一九六三年に京都市で発足した。会員は全員耳の聞こえる人で約四百六十人。各行政区に支部がある。毎週例会を開き、ろうあ者を招いて手話を学び交流する。
 「手話で話ができる」。発足当初、市内外から多くのろうあ者がみみずくの会合を訪ねてきた。当時は聾(ろう)学校で手話が禁止され、手話通訳もいなかった。ろうあ者が聞こえる人と出会う機会は今よりずっと少なかったからだ。
 みみずくの会員は当時、夜間学校に通ったり地方から京都に働きにきた若者が多かった。それだけに「低賃金で仕事がつらい」と泣くろうあ者に心を通わせることができた。
 一九六七年、みみずくは国内初の手話通訳団を結成。ボランティア通訳が行政窓口などを訪ねるろうあ者に同行する活動を始めた。こうした取り組みが影響し、京都市は二年後に手話通訳を職員として採用。手話通訳が制度として確立していくきっかけになった。
 「手話サークルはろうあ者と聞こえる人をつないでくれた」。元府ろうあ協会(当時)会長で全国手話研修センター常務理事の高田英一さん(七〇)は語る。
 みみずくのいまの課題は災害時の対応だ。ろうあ者が災害弱者にならないよう、備えの面で協力を模索する。石崎嘉之会長(六八)=伏見区=は「『手話を学ぶ』のではなく『手話で学ぶ』という伝統を大切にしたい」と話す。

手話=支え合う

【メモ】府要約筆記サークル連絡会には32団体約530人が所属。会議や講演でスクリーンに要約した文を投影する。病院や子どもの入学式や授業参観などに付きそう個人派遣もある。パソコンを使う方法も広がっている。手話通訳では、厚生労働大臣認定の手話通訳士が全国で約1800人、府内では74人おり、病院や学校、裁判所、警察などに同伴し通訳している。ほかにも、都道府県などが認定する手話通訳者や、会話する力がある手話通訳奉仕員がある。

【2007年8月10日掲載】