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人工死産(上)

母体より子を考えてくれないの? あきらめるか、決断迫られ
健太郎君の母子健康手帳。「出産の状態」が空欄だったので、後日クリニックに記入を頼んだら、医師や助産師が快く応じてくれた
 超音波検査の時間が明らかに長い。妊娠16週の健診。男性医師が険しい表情で、言いにくそうに切り出した。
 「赤ちゃんのおなかの前に何かこぶのようなものが見えます」

予期せぬ事態に

 2008年3月、兵庫県のルミさん(38)=仮名=は予期せぬ事態に頭の中が真っ白になった。
 翌日、夫(39)と詳しい説明を聞くと、「臍帯(さいたい)ヘルニア」の可能性があるという。おなかから腸などの臓器が出た状態で、子は臨月まで成長するか分からない。心臓などに合併症を併発し、生まれたとしても予後は非常に悪く、この病気と分かって産む人はほとんどいない−と。
 ルミさんはとりあえず、大きな病院で詳しい検査を受けることを申し出た。
 結婚8年目で初めて授かったいのち。胎動はまだ実感できなかったが、すでに「未来」を描いていた。ベビー用品を買いに行こう、来年は家族でお花見を…。なのに、妊娠を継続するか、「人工死産」で子をあきらめるのか、決断を迫られたのだ。
 医師がルミさんの体を心配してくれるのもよく理解できた。処置は早いほど、母体への負担は少ない。夫や母(64)も同様に気遣ってくれた。一方で、「何で赤ちゃんのことをもっと大事に考えてくれないの」と、別の悲しみもわいてきた。
 だが、仮に産んだとしても、大きな手術を受けなくてはならならない。一人前に育てるまで、どんな人的・経済的支援が必要か−。
 医師の説明から1週間後。検査結果は、やはり臍帯ヘルニアで、しかも重度だった。腸や肝臓、胃が飛び出ているうえ、背骨が直角に曲がり、右足が成長していないという。
 「お空に還(かえ)そう…」。ルミさんはそう自分を納得させた。
 「処置」は週末明けに決まった。陣痛を起こして産むことは、ルミさんの場合、子のいのちを奪うことを意味した。ルミさんは出産の感触が忘れられない。赤ちゃんは身長16センチ。男の子だった。
 名前は夫婦で決めていた。「健太郎」。生まれかわれば、今度は健康でしっかり生きてほしいと願いを込めた。
 出産後、横になるルミさんに、助産師が「赤ちゃん、きれいな顔してるよ」と声をかけてくれた。しばらくして、体にガーゼをかけて眠る健太郎君を連れてきた。「なでてあげて」。ルミさんの手を小さな頭にそっと導いてくれた。

あんな日常こそが

 自宅に連れて帰ると、ルミさんは健太郎君の安らかな表情を写真に撮った。ルミさんの母は春に生まれた証しとしてチューリップと菜の花を用意してくれた。「健太郎にはお母さんがいる」との意味を込めてカーネーションも棺(ひつぎ)に添えた。
 翌日、火葬場に向かう道すがら、桜が満開だった。「こんなはずじゃ…」。ルミさんは悲しくて切なかった。
 最初に異常を指摘された時から、別れが来ることは予感していた。だから、処置までの限られた時間、思い出を残そうとクッキーを手作りした。へその緒を通しておやつをあげたのだ。
 自宅近くの児童公園にも行った。夫の夢はわが子とブランコに乗ることだった。穏やかな日和の夕方、ルミさんは夫に背中を押されて、久しぶりにブランコに揺られた。
 おなかの中の子とすごしたひととき。あんな日常こそが、かけがえのない幸せだと思えてならない。

     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇
 人工死産 2008年の死産総数に占める割合(人口動態統計による)は、自然死産12625件に対し、15552件と、55%を占める。1985年に自然死産数を逆転して以来、人工死産の割合の方が高い傾向が続く。

【2010年4月16日掲載】