京都新聞TOP > 政治・社会アーカイブ > 寄り添う
インデックス

家族の想い

父親にもケアが必要
医療従事者に救われることもあれば、傷つけられることもある。遺族たちが体験を語ったフォーラム(5月15日、富山市・富山県総合福祉会館)
 「昔と比べて、子どもを亡くした親が周りにいない。いまの親は喪失ともう一つ、”孤独“に直面します」
 富山市で今月15日に開かれたフォーラム「あかちゃん医療の現状とあかちゃんをみ送った家族の想(おも)い」。基調講演で、遺族の自助グループ「小さないのち」を運営する坂下裕子さん(兵庫県尼崎市)はこう切り出した。
 坂下さんは12年前に娘を亡くした際、悲しみを受け止めてくれる場は、病院や医療側にないことに気付かされた。やがて自助グループを立ちあげた。その活動を通し、遺族は周囲の言葉による「二重の苦しみ」に囲い込まれると分かった。
 「ほかにお子さんは?」「わたしなら生きていけない」「苦しまなくてよかった」−。
 坂下さんは「その人の悲しみをどんなものとも比較しない。『こうだ』って、決めつけないようにしています」と話した。

1・5人称の死

 また、遺族にインタビューを重ねてきた実感から、赤ちゃんの死を「1・5人称の死」と定義づけたという。
 「お母さんにとって、赤ちゃんは独立した存在ではなく、亡くすと自分の一部を失ったような状態になる。そこを理解してほしい」
 参加者約100人の大半が看護職や看護学生で、パネル討論では医療従事者への期待もテーマとなった。北陸地方在住の遺族の女性3人もつらい体験に基づき発表した。
 「看護師の人間的なやさしさにとても癒やされました。励ましの言葉なんて必要ありません。ただ寄り添ってくれればいい」。最初にマイクを握った女性は、当時を振り返って語りかけた。
 第3子を生後17日でみとったとき、個室で家族で過ごす機会が持て、赤ちゃんの唇に冷凍保存していた初乳を塗ってあげられた。看護師たちは、赤ちゃんに「よく頑張ったね」と声をかけ、もく浴をしてくれたという。
 石川県の小さな町で自助グループを立ち上げた女性は「赤ちゃんを亡くした親は、看護師の対応や医師の言葉をすべて鮮明に覚えている。デリケートなものとしてとらえて」と訴えた。
 緊急帝王切開で出産した日に長男を亡くした看護師はその際、息子に肌着が着せられ、おくるみが温められていることに気付いた。助産師の配慮だった。4年後のある日、その助産師が様子を気にかけて、職場を訪ねてきてくれた。
 話を聞かされた夫は黙って夕飯を食べていたが、声を殺して泣きだしたという。
 母親中心になりがちなケアが、父親にも必要なのでは。そんな問題提起もあった。

見えや意地で…

 「男はしっかりしろと周りから言われ、泣けない。見えや意地で、がんじがらめなんです」。SIDS家族の会近畿支部代表の田上克男さん(大阪府豊中市)はそう表現した。同会理事長の渡邉篤さん(福島市)は「『だんなさんはどんな感じですか』と聞くようにしている」と話した。
 女性たちも夫が隠し持った感情に気付かされる瞬間があった。「大きな背中を丸めて大泣きしたのを見て、悲しいんだと分かった」「遺族の集まりで、夫が話し出したら止まらなくなった。しゃべれない状況に追い込まれていたのか」−。
 フォーラムは、地元の遺族が準備にあたった。彼女たちを突き動かしたのは「同じ境遇の人たちの力になりたい」との思いだろう。
 SIDS家族の会を長年支援してきた東京女子医科大の仁志田博司・名誉教授はこの日の基調講演をこう結んでいた。「子どもを失うことは悲しいことだが、受け止め方によっては、必ず何かを生み出します」

【2010年5月28日掲載】