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代弁者

一例ずつ試行錯誤
命と向き合う現場について、高松さんは地元の高校で講演を頼まれることがある。「高校生たちが真剣に考えてくれるのが伝わってきます」
 10年以上前、胎児の重い病気が分かり、悩んだ末に人工死産(中絶)を選んだ夫婦がいた。福知山市の市立福知山市民病院。助産師高松満里さん(45)は母親に尋ねた。「赤ちゃんに会われますか」と。「会いたい」。そう答えた母親は母乳を絞り、泣きながら小さなわが子の口にあてた−。

最大の癒やし

 「亡くなった赤ちゃんを『なかったことにする』のではなく、お母さんなら普通にしてあげたいことを提案する。それが最大の癒やしになるのでは」。高松さんは試行錯誤の日々を振り返る。
 駆け出しのころ、中絶の処置中、母親の体外に出た赤ちゃんが動いている姿が今も目に焼き付いている。笑顔で出産を祝福した別の部屋では、子を亡くした女性がいる。高松さんは「自分がバラバラになりそうだった」という。
 当時、多くの産科医療の現場では、亡くなった赤ちゃんをトレーに載せ、冷蔵庫に入れて「保管」するのが当たり前。母親に見せることもなかった。
 「赤ちゃんの存在って何?」
 疑問を感じた高松さんは、赤ちゃんにガーゼを服のように着せて、花を添えた。せめて人間らしく、との思いからだ。母親にも赤ちゃんとの対面を勧めるなど模索を始めた。
 あるとき、10代の未婚の女性が中絶するために入院してきた。高松さんはその子に「赤ちゃんのためにできることを考えてみて」と投げかけてみた。その晩、彼女は母親と折り紙で鶴を折り、手紙も書いたようだった。
 いいかげんな子ではない。高松さんはそう直感した。処置の後で「赤ちゃんに会う?」と聞いてみた。事前に相談した上司も少し心配したが、本人の気持ちに添うことにした。会うことを望んだその子は、赤ちゃんと自然と添い寝をした。彼女の両親は泣きながら赤ちゃんを抱いた。
 「命を大事にするとか、生きるってどういうことか、赤ちゃん自身が教えてくれる。私たちは赤ちゃんの代弁者でありたい」
 中絶を決めた女性は、それまで十分に悩んできたはず。「責めるのは簡単だけど、そこからは何も生まれない。赤ちゃんの死が無駄にならないように、痛みを分かち合おう」と後輩には話している。
 高松さんは現在、産婦人科・小児科病棟の看護師長。多くのスタッフをまとめる立場だが、以前、こんなことがあったという。
 生後しばらくして病気で亡くなった赤ちゃんがいた。若い看護師がその子の誕生日を覚えていて、スタッフたちから寄せ書きを集め、1歳の誕生日となる日に両親へ贈った。その母親は次の妊娠のときも、この病院を選んでくれたそうだ。

足形や写真も

 死産を迎えた家族に説明する用紙には、赤ちゃんのために花や菓子などを棺に入れられることを書き加えた。思い出として、足形を取ったり、写真を残せることも伝えるようにしている。
 中には、息絶えた赤ちゃんと対面することに対し、怒って拒絶する遺族もいる。経験が浅いスタッフにとっては、言葉や態度そのものが試される。
 「方式はなく、いつもうまくいくわけじゃない。1例1例の積み重ね。でも、やってみないと何も生まれない。心を込めて逃げずに寄り添う中で、できることが見えてくると思うんです」

【2010年6月4日掲載】