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かかわり

相手の身になって考えるしかない
ゲストとして看護学科の学生に講義する中島さん。「私たちのかかわりは必ずお母さんたちに反映されてくるものです」(2009年12月15日、京都市上京区・京都府立医科大)
 死産した赤ちゃんは服も着せてもらえず、母親と会うこともままならない−。助産師の中島奈美さん(37)=京都市左京区=はかつて病院で勤務していた際、そんな風潮に疑問を感じていた。
 「かかわり方が、一般の母子の場合とあまりにも違った。子を思う気持ちは変わらないはずなのに」
 看護職は、死産となった母子にもっとうまく向き合えないものか。答えを見つけたくて、2007年4月に京都府立医科大大学院に入学、「死産の看護」をテーマに2年間研究した。赤ちゃんを亡くした母親の体験記を読み解き、助産師や看護師約200人から協力を得たアンケートをまとめた。

子も同じく尊重

 死産後の母子に必要な看護とは。母親にかかわるときは、母親だから感じる感情を認めて接したり、子どもに関するよい事実を母親に伝えたらいいのではないか。子にかかわる際は、子が喜ぶであろう働きかけをすることが必要だと、みえてきた。
 「子どものことを粗末に扱われると、母親自身も傷つく。一心同体なんです」。母子間の特別な感情は妊娠中から生まれることを、中島さん自身も長男を出産して実感した。
 アンケート結果によると、母親の立場に立つことを9割ほどの看護職が行っていたが、子の立場に立ったのは5割程度だった。それをしている看護職は、子を尊重したかかわりを多くし、母子に寄り添ったケアができたと自己評価していた。
 「お母さんに抱っこもされず、埋葬される赤ちゃんの気持ちを考えてほしい。妊娠中から母子の関係性があることを踏まえ、赤ちゃんを人間として尊重すれば、『なかったことにする』対応はできないはず」
 現場の助産師からは対応マニュアルを求める声も聞かれる。「人が相手なのでマニュアルでは済まない。どれだけ相手の身になって考え、行動するかに尽きる」。中島さんは各自が「考える」ことの意味を強調する。
 09年11月には下京区で開かれたセミナー「あかちゃん・子どもの死を考える」で、研究成果を発表した。ほかにも医師や子をみとった母親たちが講演し、看護職ら約100人が耳を傾けた。
 セミナーは毎秋恒例で、初回は03年。死産や流産、新生児死などを「誕生死」と定義した、親の手記が注目された翌年だった。セミナーを主宰するのは、右京区で産婦人科と心療内科を開業する田中啓一さん(60)。「誕生死を考える受け皿はどこにもなかったから」と振り返る。

退院後の支援必要

 北海道の病院勤務時代に見聞きした母親の姿が原点だという。流産したある女性は、無事出産した知人を引き合いに「何でわたしだけ」と怒り嘆いた。無脳症の子を人工死産した母親は子を含めて家族だけでしばらく過ごすことを望んだ−。
 医療や看護の教育課程で、赤ちゃんを亡くした事例への対応を学ぶ機会はない。田中さんは「現場でどう接したらいいのか悩み、十分なケアができなかったと後悔をしている人は多い」と感じる。
 家族に対しては、退院後のメンタル面でのサポートが必要だと実感している。「流産や死産の患者には、正常なお産の10倍のフォローがいると思う」
 セミナーの参加者が自分の職場で母子とのかかわり方を見直したり、工夫を始めたりと、ケアの動きは確実に広がっている。

【2010年6月25日掲載】