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限界集落 長野大教授 大野晃

再生へ多面的支援を 都市生活にも影響大きく
大野晃(おおの・あきら)氏 40年生まれ。法政大大学院博士課程修了。高知大教授などを経て現職。著書に『山村環境社会学序説−現代山村の限界集落化と流域共同管理』など。

 六十五歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭はじめ農業用水や道路の維持管理といった「田役、道役」などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落を、わたしは限界集落と呼んでいる。

 昨年、国土交通省が行った調査では、全国で限界集落が七千八百七十八、消滅の恐れのある集落が二千六百四十一あることが明らかになった。限界集落の世帯では、老人夫婦と独居老人が大半を占めており、こうした世帯の生活実態調査を二十一年続けて来ている。

 ある老人は「戦後の食料難にこたえて食糧増産に励み、子どもを養育して都会へ送り出し、気がついた時は農業、林業は低迷し、激しい労働で残ったものは老人のシワと神経痛だけだ」と語る。またある古老は「山間部集落が一つ二つと消えていく。これは一種のがんのように思う。早く手当てしないと取り返しがつかなくなる」とため息をつく。

 いま、限界集落を抱える山村では、耕作放棄地の増大、林業不振による人工林の放置林化で「山」は荒廃の一途をたどっている。保水力を失った人工林。水枯れの沢。すみかを失ったエビ、カニ、川魚。荒廃した人工林の下床は日も差さず、下草も生えない状態。雨が地表面を洗い、赤土汚染による磯枯れした死の海。

 「山」は渇水や鉄砲水による水害を発生させ、下流域の都市住民や漁業者の生産と生活に大きな障害を生んでいる。限界集落問題は、今や山村住民の問題にとどまらず、都市住民や漁業者が無視しえない状況に立ち至っている。

 では、限界集落を抱える山村の地域再生をどう考えるのか。以下、四点に絞って述べておく。

 第一は流域共同管理の必要性である。山と川と海は自然生態系として有機的に結びついている総体的存在である。それゆえ、流域社会圏の中で下流域の住民が、上流域の問題を自分たちの問題としてとらえ、上流への多面的支援を行いつつ流域住民が一体となって流域環境を共同で管理していくこと。これが流域社会の再生を考える重要な視点である。

 第二は、政策提起型の地域づくりによる住民の主体形成である。これからの地域再生には、アイデア提案型の地域づくりにとどまらず、住民自らが政策の企画立案能力を高め、実践主体となる政策提起型の地域づくりを行っていくことが、地方分権の内実を形成していく意味でも重要になってくる。

 第三は、草の根からの政策提起による地域再生の重要性である。二十一世紀は地方の草の根の政策提起が国政を動かす時代である。綾部市の限界集落救済を意図した「水源の里条例」にみる政策提起を機に、限界集落をめぐる問題に全国の自治体が取り組み、国の施策に結実させていくことが日本の将来を展望する重要なカギである。

 第四は、「人間と自然」の複眼的視点に立って地域再生の方向性を考えることである。都市機能を集約するコンパクトシティーの発想は、人間社会に焦点を当てた単眼的視点である。「人間と自然」がともに豊かになるような地域社会の実現を目指すこと、これが明日の日本を見詰める視点であり、日本の歩むべき道である。

 最後に老人が町へ降りなくても最低限の生活、「ライフ・ミニマム」が維持できる拠点を行政は設置し、豊かな老後を送れるような手だてを考えるべきであることを付け加えておく。

【2007年11月14日掲載】