京都新聞TOP > 政治・社会アーカイブ > 過疎に生きる「水源の里シンポ」
インデックス

(1)限界集落 交錯する愛着 

あきらめ
畑でもみ殻を焼くおばあさん。これから厳しい冬が来る(新潟県佐渡市)

 深刻な過疎高齢化に悩んでいる集落が、全国に約七千八百カ所(京都府百四十一、滋賀県三十二)もある。このうち四百カ所は十年以内に消える可能性が高く、食や環境への影響も心配だ。田舎は生き残れるのか。写真家梶井照陰さん(31)がとらえた過疎地の風景と識者の声から考える。

 山肌に並ぶ家々、腰を曲げて耕運機を押すお年寄り…。今春、写真家で僧侶の梶井さんが出した本「限界集落」(フォイル刊)には、過疎地に生きる人々の表情や思い、悩みが、写真と文で克明に紹介されている。
 六十五歳以上の高齢者が住民の過半数を占め、将来的に消滅する恐れがあるという限界集落。悲壮感の強いこの問題を本のテーマに選んだのは、住職を務める寺がある佐渡島北岸の集落が「限界予備軍」に当たるからだ。
 集落の高齢化率は40%に達し、耕作されない田畑もある。「周りには住民の七割が高齢者で、田んぼを耕すのは一軒だけという集落もある。この先どうなるのか」
 二〇〇六年に取材を始めてから訪れた集落は、京都府や徳島県、和歌山県など数多い。東京都の山間部では、日々の買い物をトラックの移動商店に頼るおばあさんに会い、北海道では開拓の苦労話に耳を傾けた。林業不振や鳥獣害も目の当たりにしてきた。
 中でも印象深いのが福島県境に近い新潟県の集落で暮らすおばあさん。かつては炭焼きで栄えたが、住民が減り、交通手段は週一便のバスだけ。それでもおばあさんは「子どもが住む都会に移るのは心配。ここに住み続けたい」と願っている。
 一方で、住民のあきらめに接することもある。昨年末、綾部市で会ったおじいさんが村おこしについて漏らした一言は「いくらやっても駄目」だった。
 梶井さんは「活性化のためと都会の人が来ても、数年したら満足して帰ってしまう。中途半端な手助けは集落のやりきれなさを増すだけだ」という。
 取材では、朽ちた家が残る廃村にも足を踏み入れた。「地方集落には独自の文化と人間同士の濃いつながりがある。消滅したら社会全体が狭く、薄くなる」と梶井さん。本の後書きには、集落への思いを込めてこんな一文を記した。
 「田舎でずっと暮らしていたい。都会から農村に来たい。そう思う人たちが安心して暮らしていけない状況は、日本の貧しさではないか」

【2008年5月2日掲載】