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ソ連崩壊から20年が経過した。 世界を二分した米国との「冷戦構造」の崩壊後、経済危機や民族紛争など約10年の混乱があった。 「強いロシア」を掲げたプーチン氏が大統領に就任したのは2000年のことだ。08年から首相に転じたプーチン氏はその後も事実上の権力を握り続けている。 そのプーチン体制が揺らぎ始めている。下院選で政権側による大規模な不正があったとする野党勢力が呼びかけた集会には、過去最大規模の市民が詰めかけた。 国民への言論統制を強めているロシアでは極めて異例の事態だ。来年3月に大統領復帰を目指すプーチン氏への批判と読み取れる。 デモの拡大で特徴的だったのはインターネットの交流サイトなどを通じて呼びかけが広まったことだ。中東などで起きた「アラブの春」を思い起こさせる。 24日にも再び大規模な抗議集会が各地で起きた。首都モスクワだけでなく全土に広がっている。 これまでのプーチン氏の統治手法は強権的だった。エネルギー企業などを政府の統制下に置き、トップを自らに近い人脈で固めた。 野党を支援した石油大手の創業者を脱税などの罪で訴追し、長期間服役させているのは象徴的だ。 08年のリーマンショックまでは高い成長率を保ってきたが、一方で貧富の格差も拡大している。 暮らしは豊かにならないのに、自らはメドベージェフ大統領とポスト交換する形で長期政権をもくろむ。そんな姿勢がうっ積した国民の不満を増幅したといえる。 ソ連崩壊後、ロシアが自由と公正を重んじる民主主義国家になることを多くの国々が期待した。 しかし20年たっても、ロシアの政治や社会が持つ重苦しいイメージは払しょくされていない。 国内では汚職疑惑が絶えない。チェチェン人への弾圧など武力で押さえつける荒々しさも目立つ。 欧州からアジアにまたがる大国だけに、こうした前近代的ともいえる国家体質を改め、民主化を進める努力を示していくことが周辺地域の安定には重要だ。 プーチン氏は10月、旧ソ連諸国との経済統合構想を発表した。豊かな天然資源と巨大な市場を持つロシアに周辺国を加え、米国や中国との対抗軸をつくる狙いだ。 12月には世界貿易機関(WTO)加盟が承認され、ロシア経済が世界に開かれる環境ができた。 国民の抗議がかつてないほど高まる中で大統領選に挑むプーチン氏は、仮に当選しても批判勢力との摩擦が予想される。 だが、反対派との対話や妥協を通じて民主化への体質改善が進められるとすれば、大統領選はロシアが脱皮できるかどうかを占う重要な意味を持つともいえる。
[京都新聞 2011年12月26日掲載] |