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女子駅伝30年  育てた文化を未来へと

 30年の歳月は、熟成するのに十分な時だ。新芽は大きく育ち、今は枝を広げて、たわわな果実が馥郁(ふくいく)と香りを漂わせている。
 そんな連想をしてみたくなる皇后杯全国都道府県対抗女子駅伝。きょう30回目の号砲が西京極陸上競技場(京都市右京区)に響く。
 都大路に集まった47チームのランナーの中には、かつて出場した選手の娘さんたちがいる。選手から指導者となって戻ってきた女性もいる。
 女子駅伝のたすきは次の世代にも引き継がれ、女子陸上競技を成長させている。
 一人の人間として成長する場でもあったろう。第1回優勝アンカーだった増田明美さんは「9人で走ったから喜びも9倍です」とチームメートの頑張りに胸を打たれていた。
 高校の3年間補欠だった有森裕子さんは、開会式で歌手高石ともやさんの詩を聞いて大泣きした。
 <京都の大会に選ばれたことを もう一人のあなたに よくここまで来たねって ほめてやってください>
 アトランタ五輪で銅メダル獲得直後にとっさに出た「自分で自分をほめたい」は、あの日から胸に刻まれていた言葉だった。
 女子駅伝のすばらしさは、五輪をめざすトップ選手から中学生までが同じチームで走ることだ。あこがれの先輩の走りを間近に見たり、後輩にアドバイスしたり。ここで刺激を受け、一回り大きくなっていく。
 選手同士だけではない。人のつながりはチームの定宿や県人会、沿道の市民にまで広がっている。
 大会が近づくと、遠方からやってきた選手たちが練習で京の街を走る。朝の練習前にお寺で手を合わせる光景も見られる。女子駅伝は、もはや京の冬の「季語」ではないだろうか。
 きっと、走って気持ちいいまちは、よいまちだ。風景や街並みだけでなく、温かく声をかける人びとがいる。京都もそういうまちでありたいものだ。
 昨年8月に施行されたスポーツ基本法が、スポーツを「文化」とみなしたことを歓迎したい。単に体を鍛える手段ではなく、人と人、地域と地域の交流を促し、地域の一体感や活力を醸成、地域社会の再生に寄与する―少々堅苦しいが、そう書いている。
 女子駅伝には、東日本大震災に見舞われた岩手、宮城、福島3県のチームも、困難を乗り越えて出場する。力いっぱいに都大路を駆け抜ける姿が、古里の人びとを元気づけ、地域復興への活力になるに違いない。それこそが「スポーツ文化」の力ではないだろうか。
 女子駅伝を、京都の新しい「文化」として、未来へつなぎたい。

[京都新聞 2012年01月15日掲載]

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