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原発避難者訴訟  事故の本質突いた判決

 東京電力福島第1原発事故は人災、との判断を司法が初めて示した。福島県から群馬県に避難した人たちが起こした損害賠償請求訴訟で、前橋地裁がきのう、国と東電の過失を認める画期的な判決を出した。
 未曽有の原子力災害から6年、その法的責任は曖昧にされてきた。原告住民の訴えの核心は、国と東電の責任をはっきりさせ、現実を直視させて二度と事故を起こさせないことにほかなるまい。
 暮らしと故郷を奪われ、今も約8万人が県内外で避難生活を送っている。福島では、避難の長期化などが原因で亡くなる「震災関連死」が地震と津波で亡くなった人を上回っており、被害は現在進行形だ。
 巨大津波の予見可能性が最大の争点となった裁判で、前橋地裁は東電が政府の地震調査研究推進本部の長期評価に基づく試算で津波を予見していたとし、原発の安全性より経済的合理性を優先させたと断じた。まさに事故の本質を突いたと言えよう。
 東電が1年ほどで可能な電源車の高台配備やケーブルの敷設さえ行わず、規制当局から炉心損傷に至る危険を指摘されながら対策を怠ったとも厳しく批判。国に対しては、規制権限に基づき、東電に対策を取らせるべきだったのに怠ったと指摘した。
 原発事故は他の事故とは次元の異なる被害をもたらす。ゆえに最大限の安全対策が要ることを国と電力会社は改めて認識すべきだ。
 福島第1原発をめぐっては、事故の真相究明も不十分なままだ。昨年2月に東電の旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴されたが、公判開始の見通しはいまだ立っていない。一方で政府は今月末で自主避難者への住宅提供を打ち切り、原発周辺に出している避難指示を一部残して解除する。解除区域の住民への東電の慰謝料も遠からず終わる。
 帰りたくても帰れない、というのが多くの避難者たちの思いだ。取り返しのつかない被害をもたらした事故の原因も責任も曖昧な中で、人々が帰還に踏み出せないのは当然だ。政府の強調する「復興の加速」が、避難者を置き去りにし、被害の実相を風化させるものであってはならない。
 今回と同様の集団訴訟は京都地裁を含めて約30件あり、原告は1万2千人に上る。事故を繰り返さないために、原発の安全性や、再稼働を進める政府の姿勢を厳しく問い続ける必要がある。

[京都新聞 2017年03月18日掲載]

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