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秘密のカラ指定  恣意的運用は許されぬ

 政府が2015年末までに指定した特定秘密443件の4割弱にあたる166件で、実際には文書が存在しないことが衆院情報監視審査会の報告書で分かった。
 暗号など行政文書以外のものしか存在しないケースが91件あったほか、機密情報の入手を見込んで事前指定したケースが15件あった。たとえて言えば、文書を収める「箱」だけあって中身がない「カラ指定」である。
 これではあらかじめ空箱を作り、情報を際限なく入れて隠すことができてしまう。外交・安全保障上の重要情報であっても、特定秘密への指定は、その対象や期間を国民の「知る権利」に照らして最小限にとどめるのが大原則だ。審査会が「特定秘密保護法の基本理念から外れた運用」と指摘したのは当然である。
 同法が持つ本質的な危うさの一端があらわれたと言えよう。
 政府は文書が存在しない理由について、見込んだ情報が得られなかったり、文書の廃棄後に担当職員の頭に残る「知識」を特定秘密とみなしたりしたと説明するが、苦しい言い訳に聞こえる。むしろ今回判明したのは氷山の一角で、他にも恣意(しい)的な運用・管理がなされているのではとの疑念がわく。
 政府は166件のうち36件の扱いを見直すという。それだけでは十分でない。空箱をなくし、秘密指定の在り方に、より厳格なルールを設けるべきである。
 衆院審査会の報告書は2回目だが、昨年の指摘と同じ項目で政府側に改善がみられない。審査会は政府の独立公文書管理監からの定期的な報告や、調査の手がかりとなる「特定秘密指定管理簿」の表記の統一、国家安全保障会議(NSC)の議事録開示などを求めているが、政府は応じていない。
 衆参の審査会を構成するのは国民の代表である国会議員だ。政府には国民のチェックを受け、説明責任を果たす立場にあるとの自覚が欠けているのではないか。
 そもそも、14年施行の特定秘密保護法は、当初から運用状況に対する監視の弱さが課題だった。審査会に強制力はなく、省庁職員から不正の内部通報を受け付ける窓口もない。監視体制の強化を急ぐとともに、国会の権限を最大に使って法の問題点を洗い出す必要がある。
 人々の「知る権利」が損なわれれば、国政の重大な誤りを招きかねない-とは、先の大戦をはじめとする歴史の教訓だ。透明性の確保は民主主義の基盤である。

[京都新聞 2017年04月13日掲載]

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