| Kyoto Shimbun 1998.12.1 |
「はい、四十ドル、四十ドル…」。ブエノスアイレス会議の会場で、世界自然保護基金(WWF)がパフォーマンスで行った「排出権」のオークション。ロシアの排出権を求め、各国首脳のお面をかぶったスタッフが、札束を手に殺到する。 「小渕首相、おめでとう。五十二ドルで落札です。エリツィン大統領、もうけましたね」。見守る報道陣や環境団体のメンバーから、どっと笑いが起きた。 企画したアンドリュー・カーWWF気候変動担当は「温暖化防止に向けた議論が消えうせ、通商交渉さながらの会議の実態を知ってほしい」と狙いを語る。
■早期対応訴え 京都会議まで温暖化対策に消極的だった産業界は、排出権取引など京都議定書に盛り込まれた新制度をビジネスチャンスと見直し、ブエノスアイレスでは一転して「早期行動」を訴える活発なPRを展開した。 欧米を代表する大企業の環境担当重役が顔をそろえたシンポジウムには、小学校の教室ほどの部屋に百人以上が詰めかけ、立ち見も出た。
京都議定書の排出権取引制度では、排出を削減した企業は、削減分を「排出権」として国際的に売却できる。欧米の産業界が「早期行動」を訴えるのは、早めに取り組むほど多く排出を削減でき、排出権取引から得られるカネも増える―との思惑があるからだ。 石油メジャーのひとつ、ブリティッシュ・ペトロリアムは、油井が吹き上げる炎を減らし、過去三年間に二酸化炭素(CO2)排出量を二十万トンも削減した。環境担当役員は「遅かれ早かれ、排出削減はやらざるを得ない。ならば、早めに対応したほうが有利だ。これまでの自主的な削減努力も、排出権として認めてほしい」と話す。
さらに、クリーン開発メカニズム(CDM)が導入されれば、中国など途上国への事業展開のチャンスが広がるうえ、国際的に売買できる「排出権」も確保できる。企業にとって一石二鳥の制度だ。 日本の産業界も動きだした。経団連は今年五月、排出権取引などに関する調査チームを米国に派遣した。団長を務めた中田敏夫・三井物産地球環境室長は「京都議定書の削減目標を守るため、米国は排出権の国際取引に頼らざるをえず、いずれ巨大な排出権市場が誕生するだろう。一部のブローカーは取引の準備をはじめている」という。 ■一般で売買も 日本興業銀行の試算では、二〇一〇年には世界で二酸化炭素約四十一億トン(炭素換算)が排出権取引の対象となり、市場規模は二十二兆円にのぼる。同行企画調査部は「排出権は債券の一種と考えられ、近い将来、金融商品として株式のように一般に売買されるかもしれない」と予測する。 トヨタや王子製紙、住友林業なども、海外での植林活動に乗り出している。京都議定書では、森林のCO2吸収量が「排出削減」とみなされ、排出権を獲得できる見通しがあるからだ。東京電力の幹部は「外国企業がCDMをどう活用しようとしているのか、情報を集めたい」と、会議への参加の狙いを打ち明けた。 ブエノスアイレス会議での交渉の結果、排出権取引やCDMの具体的なルールは、二〇〇〇年ごろ出来上がる見通しとなった。 「早期行動」を主張する企業グループのアイリーン・クラウセン代表(元米国務次官補)は「排出削減量を正確に計り、第三者の監視の下で、公正な取引が行われなくてはならない。そうしたルールさえ作れば、排出権取引は経済にも環境にも貢献するものになる」と自信たっぷりに語る。
排出権取引は、自由経済と環境保全を両立させるのだろうか。地球規模の実験が始まろうとしている。
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