Kyoto Shimbun 1997.2.14

  よみがえれ環境 第1部
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賢治の予言

 地球が病んでいる。自然があえいでいる。空、海、山、川―どこか、昔と違っている。いつしか人は自然との共存を忘れ、開発の利にばかり目を向けてしまった。地球温暖化防止京都会議(気候変動枠組み条約第3回締約国会議)が12月初旬、京都市内で開かれる。世界各国はようやく地球環境の大切さに気付き始めた。地球の声にそっと耳を澄ましたい。
(社会部・山内康敬、文化科学部・稲庭篤、
写真部・佐藤均、木原貞男、山本武人)



 暖冬、雪も減った

賢治が歩き回ったイーハトーブの田園。「雨ニモ負ケズ」の詩碑から見下ろせば、うっすらと雪化粧(岩手県花巻市)
「先生、気層のなかに炭酸瓦斯(ガス)が増えてくれば暖かくなるのですか」

「それはなるだろう。地球ができてから今までの気温は、大抵空気中の炭酸瓦斯の量できまっていたといわれてるくらいだからね」

 約60年前、宮沢賢治は童話「グスコーブドリの伝記」の中で、二酸化炭素(CO2)によって地球が温暖化する、と予言した。童話は、イーハトーブ(岩手県)の冷害に心を痛める主人公ブドリが、火山島を爆発させて炭酸ガスを放出させれば、地球の気温が5度上がると知り、命をなげうって火山を噴火させ、イーハトーブを救う―と展開する。なぜ、賢治は現代科学でも十分解明されていない地球温暖化の現象を知っていたのだろうか。

 ■冷害はあるけれど

 1月中旬、彼の故郷の岩手県花巻市を訪ねた。賢治の生家は、こじんまりとした町の中心にある。北上川に沿った郊外の田畑はうっすらと雪化粧していた。しかし、最近では根雪が春まで残ることはなくなったという。「冷害は今でもあるけんど、雪は本当にねぐなったな」。近くの農業森田佐吉さん(78)はつぶやいた。

「ここ10年は暖冬続き。昨年は久しぶりの大雪だったが、気温、降雪量ともやっと平年並み」。盛岡地方気象台の調査員はいう。昨年の岩手県の平均気温は1924(大正13)年に比べ、0.5度高かった。「これは大変な数字。特に80年代以降、上がり方が激しい」

 賢治の生家と裏の寺の間に、粗末な石塔が20ほど並んでいる。「餓死供養塔」。古来、岩手県は何度も冷害による大飢饉に見舞われ、賢治の生きた明治から昭和初期にかけても、農家の少女の身売りが後を絶たなかった。

 地元の賢治研究家の吉見正信さん(68)は「幻想的な賢治文学の底に、農民を冷害から解放したいという熱い思いが流れている」と解説する。

 賢治は花巻農学校で理科教師を勤め、土壌改良のため石灰の普及指導に力を入れながら、童話や詩を書いた。詩集の中の「晴天恣意」には、スウェーデンの化学者アレニウスの名前が出てくる。

 アレニウスは19世紀末、「大気中の二酸化炭素の濃度が2倍になれば、気温が5度上がる」という学説を発表した。東京大工学系大学院の小宮山宏教授(環境工学)は「賢治の童話はアレニウスの学説にぴったり。賢治が学説を知っていたのは間違いない。田舎の高校教師だった賢治が、一体どこで…」と不思議がる。

 賢治の実弟(96)の孫、宮沢和樹さん(32)は「東京へ行くたびに、賢治は国会図書館に入りびたり、得意の英語とドイツ語で海外の科学雑誌を読みあさった。そこで学説をみつけたのでは」と推測する。

 ■100年間で0.5度上昇

 世界の気候学者でつくるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は95年12月、「過去100年間に地球の気温は0.5度上がった。このまま人類が石油や石炭を使い続ければ、21世紀末に平均気温は約2度上がり、海面は50センチ上昇する。飢饉がひん発し、高潮、台風の被害や伝染病が広がる」と、地球温暖化に警告を発した。

 環境庁によると、東北地方では逆に冷害が減ることになる。しかし、吉見さんは「それは賢治の望みとは違う」と、語気を強めた。「世界の多くの人々の不幸を、賢治が喜ぶはずがない。自然を壊し、石油を使いまくった結果の温暖化など、自然と人との共生を訴えた賢治の心と正反対」

 大正11(1922)年11月、賢治は妹トシが「あめゆじゅ とてちてけんじゃ(雪を取ってきて)」とつぶやきながら亡くなるのをみとった。家の外は今ではほとんど見ることのない大雪だった。


                
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