Kyoto Shimbun 1997.4.10

よみがえれ環境 第2部
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炭鉱閉山

 資源の大量消費が地球の姿を変える。世界の近代化を進める原動力になった石炭、石油、天然ガス。現代人がその化石燃料を気安く消費し豊かさを享受することによって、地球の温暖化に拍車をかけた。でも、私たちは地球とともに生き続けたい。現代社会で起きているさまざまな現実問題と解決への挑戦を探る。
(社会部・山内康敬、文化科学部・稲庭篤、政経部・石崎立矢、東京支社・水腰英樹、写真部・佐藤均、木原貞男、山本武人)

 化石燃料の"功罪"

最後の採炭を終え、有明海底に伸びる炭鉱から上がってきた鉱夫たち(3月30日、福岡県三池郡高田町・三池炭鉱)
 夜明けの静寂を破り、巨大な巻き上げ機がうなる。黒光りする鉄の骨組みだけのエレベーターが、地下320メートルの坑道から、前夜入坑した最後の炭鉱夫たちを引き上げてきた。こみ上げる思いを断ち切るように、男たちは前を向いて唇をかみしめ、黙ってロッカーへ急いだ。

 「未練がなかと言や、うそになるばってん、今は先のことで頭がいっぱいたい」。16年余り採炭員として働いた古庄康一さん(48)は天を仰いだ。古庄さんは新しい仕事を求めて家族とともに、近く生まれ育った大牟田を出る。

 日本最大の炭鉱だった三井石炭鉱業三池鉱業所(福岡県大牟田市)は3月30日、1873(明治6)年の官営操業から124年の歴史を閉じた。掘り出した石炭の量は、現在、国内で使う石炭の2年分以上の2億9千万トンに上る。

 石炭は戦前戦後を通じ国の重要な基幹産業だった。安達正之さん(74)=熊本県荒尾市=は15歳のときから38年間、三池炭鉱で働いた。ぬれタオルを防塵マスク代わりに巻き、つるはしで掘った。

 「囚人並みの扱い。2度と来るものか」と思った三池に、安達さんは兵役後、再び戻る。米軍占領下の日本は石油の輸入も制限され、エネルギー確保は戦後復興の柱だった。「鉄と石炭は国の重点産業じゃいうて、食料や衣類には困らんかった。学歴を隠したり、教師をやめて鉱夫になったもんもおる」

 ■石油の登場で衰退

 石炭産業の転機は意外と早く訪れた。1950年代に中東で大油田の発見が相次ぎ、安い石油が大量に輸入されると、石炭産業は急速に衰退した。資源エネルギー庁によると、昭和30年代に200鉱以上あった炭鉱は、三池鉱の閉山で残り2鉱。今では日本の1次エネルギーの約56%は石油に依存し、石炭は16%に過ぎない。

 とはいえ、石油の時代も長く続きそうにない。オイル・アンド・ガス・ジャーナル誌(米国)の調査では、石油の可採年数はあと45年。清滝昌三郎・元石油公団理事は「米・テキサスの油田は枯れ始め、中東油田はピークを過ぎた。一方、途上国の石油需要は急増。近い将来、石油危機が来る」と予測する。

 世界のエネルギー供給源は石油、石炭、天然ガスの化石燃料が86%を占める。石炭は埋蔵量が200年分以上といわれ、最も豊富だが、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を石油以上に放出する問題点があり、原子力、水力、風力、太陽光、地熱などの代替エネルギーに視線が注がれる。

 近年、石油や石炭に代わるエネルギーとして注目されているのが、深海底でメタンが氷状に固まったメタンハイドレートだ。通産省地質調査所の奥田義久・燃料資源部長は「日本近海だけで(国内需要の)百数十年分にあたる4―6兆立方メートルもある。石油からメタンに転換すれば、二酸化炭素の排出を25%減らせる」と期待する。今世紀中にも水深1千メートルの南海トラフで試掘が始まる見通しだ。

 ■自然エネルギーを

 しかし、多かれ少なかれ、化石燃料は二酸化炭素を排出する。「地球温暖化を考えると、資源はあり過ぎといえる。メタンハイドレートの開発は地球温暖化を加速させるだけ。太陽光などの自然エネルギーへの転換を急ぐべきだ」。グリーンピースのビル・ヘアー気候政策部長(40)=英国=は指摘する。

 樹木の伐採や鉱山で栄えた米国・デッドウッドやボリビア・ポトシなどの町は「ブームタウン」と呼ばれ、資源の枯渇とともにさびれた。三井グループの企業城下町として栄えた大牟田市も、炭鉱の閉山で3千人以上が失業。「人口流出を食い止める特効薬はない」(島内英臣・同市企画振興課長)状態だ。

 資源の消費と地球温暖化の問題にどう向き合っていけばよいのか、明快な答えは見つかっていない。

 東京大総合文化研究科の見田宗介教授(現代社会論)はいう。「資源という資源を使い尽くそうとしている人類全体が今、ブームタウンにいる。物質的繁栄から心の繁栄に目を向けるべきではないか」


                
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