Kyoto Shimbun 1997.11.15

  よみがえれ 環境 第5部

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気候フォーラム事務局長
浅岡 美恵さん (50)

将来世代に安全な暮らしを

 公害訴訟や消費者保護に長く携わってきた弁護士経験から、にこやかに確信を持って言う。

 「人は安全に、喜びをもって日々暮らしていたいのよ。それが環境の大切さということだと思うの。それを将来の世代まで保障できるかを問われているのが地球温暖化問題」

 京都大法学部を卒業、弁護士になった1972年は、薬害問題や消費者問題で騒然としていた。スモン訴訟、豊田商事事件、水俣病京都訴訟などで多くの被害者に接してきた。「尊厳を傷付けられながら、誇り高く立ち上がって闘う人々から多くのことを学んだ」

「将来の世代に公平に環境を引き継ぐのが責務」と話す浅岡美恵さん(京都市中京区の法律事務所)
 ■被害者から学ぶ

 87年、水俣病訴訟を通じて「疫学の父」と呼ばれる米国のL・T・カーランド医師に出会う。 大戦直後から世界を飛び回る70歳近い神経医学の権威は「偏見を持たず、何でも知ろう、考えようと、同じ目線で接してきて、30年も放置された水俣病患者や私たちの力になってくれた」という。

 「彼が培っている姿勢を身につけたい」。この出会いが世界に目を向け、市民運動に深くかかわっていくきっかけをつくった。

 91年には、地球サミット(リオ)に向けて、パリで開かれたNGO(非政府組織)の国際会議に参加した。「議論の中心は『世代間の公平』というテーマだった。同時代の人が将来の世代のことを話すには、途方もない想像力が必要だと気付いた」と振り返る。

 93年から、京都のNGO(非政府組織)「環境市民」の代表を務め、96年12月、地球温暖化防止京都会議に向けて国内の環境NGOで結成した「気候フォーラム」の事務局長に。温室効果ガスの大幅な排出削減を求めて、日本政府案の白紙撤回を迫る要望書や52万人の署名を首相官邸に突きつける一方、海外のNGOを京都会議に招くために、募金活動に力を入れる。

 これまでの弁護士活動から「日本の法制度は、目の前に被害者が現れるまで救済しないシステム」と痛感した。「環境対策も、政府や企業に任せっきりだったから、公害被害が起きた。政策をつくる最初の段階から、市民がかかわっていけば、被害は最小限に抑えられる。それが知恵を持つ人間の、人間たるゆえんではないかしら」

 ■ロビー活動本腰

 京都会議が近づき、京都市内の法律事務所に腰を落ち着ける暇もなく、国際会議や、学習会、討論会、政府への要請活動などへと飛び回っている。会議の期間中は、実効性のある議定書の採択に向けて、各国代表団へのロビー活動に本腰を入れる。

 「市民は直観的に『このままでは地球が持たない』と気付き出した。一人ひとりでは力のない市民がスクラムを組んでネットワークを広げていけば、大きな力になる。大事なのは、敬愛の心を持って、共に将来世代のことを考えることだと思うの」

 事務所内に飾っているリンカーン元米大統領の言葉「人々の、人々による、人々のための政治」を引き合いに出しながら、3人の子どもの母親でもある気さくな弁護士は「政治家も、NGOも、研究者も、お互いのよろいを脱いで知恵を出し合いましょうよ」と明るく語りかける。

(地球環境問題取材班 石崎立矢)

第5部 おわり


                
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