よみがえれ環境
第6部
「1995年4月7日、ベルリン。各国の利害対立で難航した気候変動枠組み条約第1回締約国会議は最終日、議長のアンゲラ・メルケル独環境相の説得工作でかろうじて決裂を回避。「第3回会議で、先進国の温室効果ガスの削減目標を議定書の形で決める」との決議採択にこぎつけた。
慣例的に、締約国会議の議長は開催国が務める。「日本が議長となって議定書をまとめれば、日本外交にとって大きな得点。国連安保理の常任理事国入りをにらみ、環境分野での実績を積み上げたい外務省の狙いがあった」。環境庁幹部は明かす。 ■招致後悔の声も 翌年の第2回会議(ジュネーブ)で、開催地は京都に決定。その直後から政府関係者の間で「なぜ、こんな大変な会議を引き受けたのか」と、招致を後悔するような声も漏れ始めた。 世界一の国連分担金を支払いながら、相応の国際的地位を得ていない日本の外務省にとって、国連安保理の常任理事国入りは長年の悲願。今年9月の国連総会(ニューヨーク)で、小渕恵三外相は「武力を行使しないという基本的な考え方のもとで、常任理事国として責任を果たす用意がある」と強い意欲を示した。 しかし、中央環境審議会委員でもある佐和隆光・京都大経済研究所所長は「京都で議定書採択に失敗すれば、議長を務めた日本は国際的な信用を失い、常任理事国入りも難しくなる」とみる。 今月7日、首相官邸で開かれた地球温暖化問題関係審議会合同会議。終了後、記者会見した議長の近藤次郎・日本学術会議前会長は「京都会議で何らかの合意は絶対必要。強力なリーダーシップを首相に進言する」と、難航する議定書交渉に危機感を表した。 人類が初めて正面から地球温暖化問題に向き合って取り組みを決める「京都議定書」は、採択されれば歴史に残る国際規約になる。それだけに、近藤前会長は「もし京都がダメで、次回会議で採択されれば『日本は何をしていた』と批判され、最終的に採択されなくても『日本のせいでつぶれた』と国際社会で言われ続けるだろう」と憂える。 ■交渉、政治問題に 6月の米国・デンバーでの先進国首脳会議(サミット)では、首脳同士が温暖化防止策をめぐって激論となった。「環境問題だったはずの議定書交渉は、大きな政治問題に化けてしまった」と外務省幹部。 ベルリンの壁崩壊後、欧州では「環境」を外交の中心に置き、国際政治の主導権を握ろうとする動きが活発化した。国立環境研究所の川島康子研究員(環境経済)は「温暖化交渉で、欧州連合(EU)が非現実的とも思える大幅削減を主張し、世論をリードしている背景だ」と分析する。 米国務省も今年四月、初の環境外交レポートを発表。ゴア副大統領は「世界を見る新しい視点がここにある」と前文を寄せ、地球環境問題を冷戦後の外交戦略の柱に位置づけた。 一方、日本は、温室効果ガスの削減数値目標をみても、実質的に米国案に極めて近く、環境保護団体から「米国追従そのもの」と批判を浴びる。最近、外務省幹部からは「議長国だから、とプレッシャーをかけないで欲しい」「常任理事国入りと京都会議の成功は関係ない」と、弱気な発言も漏れる。 「日本は非軍事貢献を打ち出しながら、実は防衛や領土こそ外交の本筋とする思考から抜け出せず、地球温暖化を第一級の外交問題と認識できていなかった。米国ばかり追いかける一面的な外交のツケが回ってきた」。臼井久和・フェリス女学院大教授(環境外交)は「京都会議は、日本が冷戦後の外交問題の多様化に気づき、頭を切り換えるチャンス。自信を持って日本色を打ち出してはどうか」と指摘した。 (第6部 おわり)
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