Kyoto Shimbun 1997.2.27

  よみがえれ環境 第1部
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ロダンの涙

 緑青溶かす酸性雨

体中に青白い緑青の筋が流れるロダンの彫刻「考える人」。不朽の名作が泣いている(京都市東山区・国立京都博物館)
 京都国立博物館(京都市東山区)の庭園にあるオーギュスト・ロダン(1840-1917)制作のブロンズ(青銅)の彫刻「考える人」は、まるで体中から青白い血を流したようだ。かつては黒く光ったブロンズ像に走る無数の白っぽい筋。フランスの巨匠の名作が泣いている。

 「酸性雨のため、像の表面が腐食して緑青(ろくしょう)が洗い流されてしまう。腐食は毎年、ひどくなる一方だ。東京の研究機関に対策を調べてもらっているが、どうしたらよいものか…」。同博物館の職員は考え込んだ。

 京都にあるもうひとつのロダンの彫刻「アダム」も今でこそ、京都市美術館(左京区岡崎)ロビーで、美しい緑青を見せるが、1955(昭和30)年から15年間は中京区の市役所前に置かれ、京都国立博物館の「考える人」と同じ無残な姿をさらしていた。ph3の強い酸性雨で、アダム像は全身が腐食し、1969年、市美術館の館内に移された。

 ■スモッグ消えても

 昭和30年代から40年代にかけての高度経済成長期は、京都市内の工場から出るばい煙や、市内を走る自動車の排気ガスで大気汚染が深刻化。「黒いスモッグで京都タワーも見えなかった。あのころの公害はすごかった。昼間でも電灯をつけねばならないほどだった」。元市公害対策室技術長の上田順一さん(67)は振り返る。

 京都市の調査では、69年当時、0.035ppmだった硫黄酸化物の濃度は、95年度で0.009ppmと、4分の1の濃度に下がり、スモッグも目立たなくなった。だが、上田さんは「無色無臭で気づきにくいが、自動車の排気ガスなどで、窒素酸化物の濃度は落ちていない。雨は酸性のまま。『考える人』はその証拠」という。

 環境庁が1994年にまとめた全国一斉調査では、日本全土でph4.5―5.8の酸性雨が観測されている。「強い酸性とはいえない」(国立環境研究所)という雨でも、金属やコンクリートを溶かす力はあり、各地の建造物や文化財で酸性雨が原因とみられる被害が目立っている。

 東山区の八坂神社は、舞殿の銅板ぶき屋根の緑青が部分的にはげ落ち、黒ずんでいる。そばの石畳には、雨が溶かした緑青の淡い緑色の筋が走る。

 奈良の東大寺では、銅と金の合金製の国宝・八角灯篭(奈良時代)が、酸性雨で浸食され、昨夏から全面修理に入った。上野道善・同寺財務執事(58)は「良いさびが、悪いさびに侵されるらしい。悪玉のさびを落とすだけであと2年はかかる」と気をもむ。

 ■異様な"つらら"も

 京都市内のJR東海道線高架橋、市庁舎、学校などでは、橋げたやひさしから長さ20センチ程度のコンクリートのつららが垂れ下がっている。コンクリートの成分の石灰質が雨に溶け出して固まった。

 環境庁は「自然の水で鍾乳石ができるように、つららが酸性雨の影響とは言い切れない」と慎重だ。しかし、鍾乳石が「70年から100年で1センチ」(山口県・秋吉台科学博物館)とゆっくり成長するのに比べ、つららの伸びるスピードは数年で1センチとケタ違いに速く、酸性雨の影響とみる見方が有力だ。

 酸性雨は国境を越え、広範囲に被害を及ぼす特徴がある。大気中の硫黄酸化物のアイソトープ(放射性同位体)の分析から、電力中央研究所(東京)は「中国で燃やされた石炭のススが、偏西風に乗って日本上空に運ばれ、酸性雨を降らせている」と指摘する。

 ヨーロッパでも独・ケルンの大聖堂など貴重な歴史的建造物が腐食し、酸性雨の越境が社会問題になっている。

 酸性雨の観測を続ける兵庫教育大の尾関徹助教授(分析化学)は「緑青を溶かすのは、かなり強い酸性雨が降っているからだ。自動車の排ガス、火力発電所の煙などに加え、アジアの工業化が進んで、石油や石炭の使用が増えれば、文化財の被害はこの程度ではすまない」と話している。


                
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