Kyoto Shimbun 1998.9.8【京都経済 再生】
 第3部 情報化の明日 <3> デジタル意匠

 価値秘める伝統の蓄積
 知的所有権どう保護

 「デジタル化した友禅の図柄データを室内装飾に転用させてほしい」。京都市西京区で染型工房を経営する伝統工芸士の谷口尚之さん(46)は、インテリア関連の企業からこんな申し出を受けた。蓄積したデータが、他産業で利用価値を持つことなど、谷口さんにとって、予想外だった。「この図柄データは、どんな価値を秘めているのだろう」。思案しながらも、谷口さんは七月初旬、企業の申し出を承諾した。

京友禅の絵削りが7千点近く保存されている染色工場の保管庫。伝統の図柄はデジタル技術でどのような新しい価値を創造するのだろう(京都市中京区)

 友禅の伝統的な「染型」技法を受け継いだ谷口さんは一九九一年、大阪市内のソフト会社と共同で、独自の図案分色加工システムの開発に乗り出した。約一千万円かけてコンピューターを導入した当初の目的は「コスト削減と省力化だった」。

 ところが、デジタル技術の発達やコンテンツ(情報の内容)需要の高まりは、産業の壁を越えて、新たな価値を生み出すようになった。いまでは谷口さんも、デジタルデータの他産業への活用を積極的に模索し始めている。

 苦境打開の力に

 「意匠」を扱う染織の世界では、比較的早くからデジタル技術の導入が始まっていた。京都市染織試験場と業界団体、ソフト会社は現在、染色にデジタル技術の注入を目指す「友禅柄作成支援システム」の開発を進めている。染色業者が持つ友禅柄をデジタル情報として体系化し、図案の作成から型彫りに至る準備工程をコンピューターによって自動化する試みだ。

 「すでに絵刷り約四千点、文様約十万点をデータベース化した」と同 試験場の早水督主席研究員。三年がかりの計画で、二〇〇〇年の完成を目標にしている。事業に参画する京都誂友禅工業協同組合の三原陽市郎理事長は「デジタル化が、業界の苦境を打開する手段のひとつになってほしい」と期待を寄せる。

 盗用など懸念も

 伝統産業への最新のデジタル技術導入を目指すとともに、先進技術を持つ企業と伝統産業の共同プロジェクトで新産業を起こすのを狙いに、 京都市と京都商工会議所は八月二十五日、「京都デジタルアーカイブ推進機構」を設立した。「成功するかどうかは分からないが、いま取り組まなければ立ち遅れてしまう」(清水宏一・京都市情報化推進室長)。

 京都市の呼びかけに、伝統産業の八団体・事業者が推進機構への参加を決めた。参加を前提に近く発足する「染織デジタルアーカイブ研究会」には、すでに二十を超える事業者が集まっている。  

 参加に前向きながらも戸惑いを見せる事業者も少なくない。友禅の引 染を手掛ける早川茂さん(34)=京都市中京区=は「ぼかしをはじめ引染技法は、デジタルアーカイブに向くのか。図案を持たない者はどうかかわればいいのか」という。千点に及ぶ意匠を持つ北区の西陣織帯地 メーカーは「アーカイブと言われても、意匠を簡単に出すわけにはいかない。模倣、盗用など業界内のモラルの問題が克服できない状況では時期尚早」と難色を示す。

 伝統資産がデジタル情報として世界に発信され、新産業創出に結びつくには「『知的所有権』を円滑に処理する環境の整備」(京都市情報化推進室)も課題として浮上している。

 「目利き」活用を

 日本の伝統的な文化資産のデジタル化を提唱する京都造形芸術大メディア美学研究センター所長の武邑光裕教授は「京都の伝統産業は『目利き』と呼ばれる存在が支えてきた。単にデジタル化するだけでなく、目利きという京都の財産を活用してデジタル情報の中身をどうマネージメントし、発信するかが大切だ」と提言する。最新のデジタル技術は伝統産業を再生させるのか。デジタルアーカイブの成否が、そのカギを握っている。                            

   キーワード  「デジタルアーカイブ」

 アーカイブとは「保管、収容する」の意。伝統産業や文化財などの「資産」をデジタル技術で蓄積し、次世代に継承するとともに、産業、文化などの分野で広範囲に活用する試みで、文化庁や通産省、自治省が共同で進めている。歴史、文化、伝統産業の宝庫である京都でデジタルアーカイブを成功させ、京都市と京都商工会議所は産・学に呼びかけ、推進機構を設立する。


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