Kyoto Shimbun 1998.5.27 気になるリポート

「男が厨房に立つ」ワケ
 料理をする男性が増えている。男性タレントが料理の腕前を披露するテレビ番組は目白押しだし、自治体や料理学校、ホテルが催す「男の料理教室」も大人気だ。「男子厨房(ちゅうぼう)に入らず」という格言は、すっかり色あせてしまった。男たちは、どうして急に、厨房へと向かい始めたのだろう。
(社会部 山内康敬)


「会社人」変身
再生へ一歩 男の威厳言うてられん

真剣なまなざしで料理に取り組む中年男性
(京都市中京区の京都料理専修学校)

 厨房は、男臭い熱気に満ちていた。京都市中京区の料理学校で先月、「父めざめる」と題し、初心者の男性を集めて料理教室が開かれた。エプロン姿の男性四十人の目つきは真剣そのもの、平均年齢は五十歳を超している。

 指導する吉田広行調理師(48)は「包丁を一度も握ったことのない人が大半。これは大変そう」。実習は、予想通りハプニングの連続だった。洗ったコメを水といっしょに流してしまうのは序の口、卵を殻ごとボールに割り入れたり、塩と砂糖を間違ったり。

 不況やし働く妻助けな…

 「女房が勝手に申し込みまして…。エプロンは娘が買ってくれました」。家族の期待を語る草津市の会社員山本哲男さん(58)は、緊張の面持ちで野菜を刻む。参加者の中で最年少の上京区の公務員杣田和彦さん(34)は、調理台に飛び散った生卵をふきながら、「料理は今まで全然やったことがない。新婚ですが、共働きなので、料理ぐらい家事を分担してほしいと言われまして」

 参加者たちは、戸惑いながらも二時間後、ナスの田楽、青菜の卵とじ、タケノコご飯、吸い物の四品を仕上げた。「結構、いけるやないの」「オレ、自信ついたわ」。試食中、そんな声がテーブルのあちこちから聞こえてきた。

 『男子厨房に入らず』とは、豚や鶏を台所で処理する際、断末魔の声を男は聞くべきでない―という中国の故事が起源とされ、孟子の語録にもある。日本では男性の威厳を保つため、江戸時代以降、実践されてきた。

 ところが、バブルの崩壊とテレビの影響で、格言はまったく過去の遺物になった、というのだ。キッチン・エコロジストの味沢道明さん(44)=山科区=の分析はこうだ。

 「格言」はもう昔の話

 「バブル前、家事は妻に任せ、男は外でしっかり稼ぐ―という分業があった。でも今は、働けど給料は上がらず、リストラや会社の倒産でいつクビが飛ぶか分からない。男の威厳は吹き飛び、働きに出る妻を助けるため、男も家事をせざるをえなくなった」

 さらに、男性タレントが出演する料理番組や食品のコマーシャルが増え、若者の間に、カッコいい男は料理をする、というイメージが浸透したのも、男の料理人気に拍車をかけた。

 私立洛星高(北区)で家庭科を教える畠中希世子教諭(29)は「受験勉強もあって、家庭で料理を作る生徒は少ないようだが、おしゃれ感覚もあってか、実習を楽しみにしている生徒は多い。栄養面や後片付けの大切さもしっかり伝えたい」と話す。

 主婦が助かり、男も楽しめる、一石二鳥の男の手料理だが、「落とし穴もあるんですよ」と吉田調理師は戒める。「男性はたまにしか料理しないので、金銭感覚がなく、高級材料を使ったグルメ料理に走ってしまう。おまけに、後片付けをしない」と手厳しい。

 高齢化が進むなかで、男性の自立を助ける狙いも隠せない。「料理教室に参加するのは、右肩上がりの時代を生きてきた四、五十代の『会社人』が中心。気がつくと、自分の食べるものも、自分で作れない。料理づくりは、中年が自立した『社会人』に再生するきっかけかも」。立命館大の中村正・助教授(社会病理学)は指摘する。

 先の料理教室に参加していた宇治市の平井英男さん(63)は、退職したばかり。「料理は楽しいですよ。それに、万が一妻に先立たれたら、自分でメシを作らなきゃならないしね」

 私自身、週に何度か料理はするが、「味では妻には負けない」と密かに自負している。でも、料理が趣味である限り、毎日作り、片付ける大変さを分かち合うべきかも知れない。もうちょっと、厨房に立つ回数を増やしてみようか。


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