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「中高年が本格登山をめざす」ワケ | |||
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(社会部 脇坂純一)
三年前の夏。京都市中京区の会社員藪本孝さん(56)は、鳥取県の独立峰・大山を登っていた。刃物のように切り立つ稜(りょう)線をはうように進む。「左右どちらに転んでも、確実に死ぬだろう」。緊迫の数時間後、藪本さんは頂に立った。思いもしない達成感。「あんな気持ちは生まれて初めてだった」 仕事一筋の人生だった。趣味も持たず、生活はすべて仕事中心に回っていた。部長に昇進した瞬間、「先が見えて、大きな空虚感に襲われた」。そんな時、友人に誘われて北山のハイキングに出かけた。山との付き合いの始まりだった。 週末ごとに北山や西山一帯を登った。そのうち「もっと高い山に行ってみたくなった」という。大山は初めて千メートルを超える山の挑戦だった。以来、藪本さんは尾根をつたって複数の山を歩きつなぐ「縦走」に明け暮れた。「ゆくゆくはヨーロッパ・アルプスも行きたい」と意欲満々だ。
右京区の主婦松成行子さん(52)も、五十歳になって山登りを始めた。きっかけは、長男に続く二男の結婚だった。「無我夢中だった子育てが終わって、ポカンとした気持ちになった」という。雪が見たくなって、冬の八甲田山を訪れた。吹雪や雪崩の恐怖にさらされながら、やっとの思いで頂上を踏んだとき、感激して涙が出たという。 「そんなこと、今までなかった。それからは、病みつき」。今年は雪山を中心に、全国二十カ所の登破を目指している。 より高きに より困難に 長野県山岳総合センターによると、四十歳以上の登山者が増え出したのは、八五年ごろからだという。大半は山歩きを楽しむハイカーだが、ここ数年は「より高きに、より困難に」というスポーツ・アルピニズム派も増えている。警察庁によると、昨年中の山岳遭難の死者と行方不明者約二百人のうち、約八割を中高年が占める、という。
「巨大な岩壁も、荒れる雪山も、今では中高年が圧倒的に多い」。自らも岩山や雪山ばかりを目指す中京区の会社員田原裕さん(47)は「みんな日常の世界にはない緊張感と目標を求めている」と見ている。藪本さんも語る。「人生八十年という時代。仕事や子育てなど一通りやり終えて、なお二―三十年を生きなければならない。『働け、働け』という、これまでの論理では全うできない残りの人生が横たわっている」 枚方市の無職富樫千代さんは、六十八歳の現役ロッククライマーだ。五十五歳から登山を始め、六十五歳から岩登りに挑戦するようになった。 空虚感をうめたい… 決して、平たんな人生ではなかった。大学生の長男を交通事故で失い、十年後には夫も海難事故で亡くした。娘夫婦一家と暮らしながら、やっと見つけた趣味が山登りだった。 山々を巡るうちに、岩登りに関心を持つようになった。「無心に登っている間は、つらいことも忘れてしまう。怖いどころか、楽しくて仕方がなかった」という。プロのガイドを従えて訓練を重ね、北アルプスの主だった岩場は、ほとんど制覇した。「もっと本格的なところを攻めたい」と、意欲は衰えを知らない。 娘夫婦は気が気でない。「もっと安全で楽しい余生の過ごし方があるでしょ」とたしなめる。千代さんは「あと何年生きられるか分からない。思う存分させてほしい」と聞く耳を持たない。ガイドと「次はどこを登ろうか」と話し合うのが楽しみだという。 人生のたそがれを迎えた千代さん。岩場を語る千代さんの目の輝きは、幾つになっても、人間には未知の楽しみがたくさんあることを教えてくれた。 |