Kyoto Shimbun
 葵祭あれこれ
京都御苑堺町御門付近を行く牛車

 見物今昔
 “席取り”は昔も同じ

「迷惑な顔は祭で牛ばかり」
 こんな古川柳が残る葵祭。いまはさしずめ
「迷惑な顔は祭で車ばかり」
 とでもいったところか。

 祭といえばこの祭がいわれただけに、順路にくり出した見物衆のにぎわいは今も昔も変わりがないようでありまして。

 お古いとこでは「源氏物語」。葵の巻に斎王列見物にでかけた葵の上と六条御息所の車争いがある。いまをときめく光源氏の正妻、葵の上の車とその愛がさめた御息所の衝突。勝負は明らかだった。御息所の車は見物の列からハジキ飛ばされた。気のすまない御息所。うらみは生霊となって、やがて葵の上にとりつくのだった。たかが祭見物とはいっても愛がからめば別。さても恐ろしいのは中年の…。

 車での見物といえば「今昔物語」巻ニ八ノ六。

 葵祭の翌日、斎王列が帰るというので、頼光四天王で名高い坂田公時ら三人が見物に。とはいっても馬では野暮だし、徒歩では人目がある。

「どうじゃ、牛車で見物としゃれ込んでは…」

 一人の提案に全員が同意。早速に出かけたものの、さしもの強ものどもも、慣れない車にゆられて、すっかり車酔い。三人とも車の中でグウグウ、スウスウ。目を覚ましたときは、行列は過ぎたあとで、文字どおり、あとの祭り。

 四天王の失敗談に対して、ちゃっかり奇策で、悠々見物したお年寄りもいたようで。これも「今昔物語」。巻三一ノ六。

 祭り当日の朝、一条東洞院に「これは翁の見物する場所なり。人立つべからず」の立て札。場所柄、きっと陽成院の指定席と人々は近寄らなかった。やがて時刻になって、あらわれたのは、ただの翁。

「陽成院の名をかたった」
 翁は院の司に呼び出されて尋問を受けたが、いわく「立て札に院より立てたとは書き候はず」翁は行列に供奉した孫の姿を一目みたさに考えた一策だった。

 さても今年の葵祭。ゆっくり見物はいかがいたしましょう。


もくじ  あれこれ