Kyoto Shimbun
華麗な行列 新緑に映える
この祭、もともとは京の先住民族ともいえる賀茂氏の祭りだった。現在の上賀茂神社(賀茂別雷神社)と下鴨神社(賀茂御祖神社)という賀茂氏の神社で五穀豊穣を祈願する祭りが、平安遷都を境に、国家的な祭りへと発展していった。さわやかな新緑におう皐(さ)月のころ、藤の花で飾られた牛車(ぎっしゃ)や、輿(こし)に乗った斎王代を中心にした行列が、御所を出て下鴨神社から上賀茂神社を巡幸するこの祭り、平安の昔をそのままに、都の雅そのものを見せてくれる祭りである。
平安の都の雅再現 斎王代とは、その名称が示すとおり、斎王に代わるもの。斎王の代理なのである。斎王は「いつきのひめみこ」ともいい、「斎」は「潔斎して神に仕えること」をいう。斎王はかつて伊勢神宮や賀茂の神社に奉仕した未婚の内親王、女王のことなのである。平安の昔、賀茂祭ともいわれる葵祭が国の祭であったころ、賀茂の宮には斎王がおられ葵祭に奉仕しておられた。斎王の住まわれる所を斎院といい、賀茂の斎院は現在の京都市上京区廬山寺通大宮の西北部にあったらしいが、祭の時には出御し、勅使の行列と一条大宮で合流する習いだったという。この時の斎王の華やかな行列を見ようと、都の人々はこぞって集まったと伝えられている。
始まりは平安初期
それを昭和28年に祭の復活後、行列を華やかに盛り上げるため、葵祭行列協賛会などの努力で、斎王代を中心にした女人列を加えて今日に至っているのである。斎王代は民間の未婚の女性が選ばれることになっている。
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